コミカライズ記念SS:初夜
エブリスタのスター特典を少し手直ししたものになります。
――結婚した後は、蜜月があるからな。
エルランドの言葉が思い出される。
蜜月。
それは結婚した直後の甘い期間を指す言葉であるが、ベロテニアでは違う意味もあるようだ。
今日は朝から式の準備で慌ただしかった。結婚式を挙げた後は、そのまま王宮で開かれた結婚披露パーティに出席して、先ほど屋敷に帰ってきたのだが、エルランドは彼の二人の兄に捕まっている。
「ぽんこつに、新婚の極意を教えておかないとな」
パーティでそんなことを言っていたのは、エルランドのすぐ上の兄のランドルフである。
「パーティは、惰性で朝まで続くから、主役の二人は頃合いを見て、さっさと抜け出しなさい」
それは王妃からの言葉であり、前々からしつこく言われていた。
だからファンヌは『帰りたい』オーラをエルランドに向かって出してみたけれど、彼は二人の兄に絡まれているせいか、それに全く気づいてくれない。
すると、エリッサがそっとファンヌに寄ってきて「ファンヌ、先に戻る? お兄様たちには、私のほうから伝えておくし」と、耳元でこっそり提案する。
さらに王妃も寄ってきて「私も戻るところだから、先に戻りましょう。あの子たちは放っておきなさい」と、ファンヌの手を引いてくれたため、エルランドをおいてファンヌだけが戻ってきたのだ。
では、エルランドはいつ解放されるのか。
馬車で一足お先に戻ってきたファンヌを、ショーンが苦笑しながらと出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、奥様」
奥様、と呼ばれるのと、少しくすぐったい感じする。
カーラも「湯浴みの準備ができております」と、朝から忙しなく動いていたファンヌを気遣うように、優しく微笑んでいる。
湯浴みを終えれば、「あまり食べられなかったと思いますので」と、カーラが用意してくれた軽食をゆっくり食べ、ファンヌはぼんやりと思いを寄せた。
(エルさん……。帰ってこれるのかな……)
王妃のあの口調だと、賑やかな時間は朝まで続くらしい。
今はまだ、なんとか『今日』という時間帯ではあるけれど、もしかしたらエルランドは『明日』帰ってくるのかもしれない。
食事を終えたファンヌが部屋に戻ろうとしたところ、「先にお休みになられても、大丈夫ですよ」と、ファンヌの心の中を読んだように、カーラが声をかけてきた。
その言葉に甘えることにする。
そして、部屋に入ったところで気づいたのだ。
(……ない。あのテーブルが、ない……)
部屋をぐるりと大きく見回すと、例のテーブルは扉から少し離れた場所に置いてある。本来、テーブルがあった場所に戻っただけ。
トクン、と心臓が大きく鳴った。
結婚しても何も変わらないと思っていたのに、既に大きくな変化があった。
今後、エルランドはあの扉を使って、ファンヌの部屋と行き来をすることになるのだろう。
ファンヌは、ここに来た時から「開かずの扉」となっていた扉の前に立ち、すっとドアノブに手を伸ばす。
カチャッ――。
鍵はかかっていない。
ギギィと、軋んだ音を立てて扉は開いた。
(エルさんの、部屋……)
エルランドがファンヌの部屋を訪れることは毎日のようにあるが、ファンヌがエルランドの部屋を訪れることはほとんどない。むしろ、なかった。
そして案の定、部屋の一角が散らかっている。本やら書類やらがテーブルの上とソファの上に、こんもりと積まれていた。
それを目にしたとたん、ファンヌの『片づけをしなきゃ』という気持ちがむくむくと沸き起こってくる。
疲れているにもかかわらず、これを片づけなければ気になって眠ることができない。
部屋の明かりをつけたファンヌは、せっせと片づけを始めた。
最後の本を本棚へとしまったとき、廊下へと続く扉が開く。
「ファンヌ?」
「あ、エルさん。おかえりなさい」
「なぜ、ファンヌがオレの部屋にいる? ああ、夢か……?」
エルランドはつかつかと迷うことなくファンヌに近寄ってくると、力強くぎゅっと抱きしめる。
「ファンヌ、ファンヌ……」
「ちょ、ちょっと。エルさん、苦しいですって……。エルさん、エルさん」
ファンヌの身体に、ぐぐっと重みがくわわった。
「え、エルさん。ものすごくお酒くさいんですけど……」
「う、ん……」
なんとか意識のあるエルランドを寝台まで連れていくと、無理矢理そこに押し倒した。さらに彼の肩までしっかり毛布をかけると、部屋の明かりを消した。
エルランドから静かに寝息が聞こえてくるのを確認し、ファンヌは中の扉を使って自分の部屋へと戻った。
次の日の朝、エルランドの後悔の雄たけびが、屋敷中に響いたのだった――。
初夜失敗したエルさんでした。





