エピローグ
ノスカ山の残雪が『種蒔きを告げる鳥』の形を作り、黄色いエルバーハの花が咲き乱れる頃。エルランドは二十四回目の誕生日を迎えた。
パドマから戻ってきても慌ただしく、オスモが『王宮調薬師』を辞めたことで、エルランドが正式にリヴァスの『王宮調薬師』として、王宮に務めることになった。元々そういう約束であったようなのだが、それでもエルランドは不満だった。
ファンヌは今までと変わりなく、エルランドの仕事を手伝いつつ、希望者には『調茶』の技術を教え、そして研究室で好きな研究に励むという、エルランドさえ羨ましがるような環境にいた。
あれ以降、エルランドは獣化していない。『抑制剤』が効いているのだという。その『抑制剤』を『調薬』していたのはオスモであったため、オスモがいない今、結局エルランドの仕事が増えてしまったということ。
そんなエルランドは、リヴァス王国にいるハンネスから一通の手紙と論文の写しを受け取った。それはエルランドの獣化に関する論文のようだ。
かなり古い物であったため、あの短期間でファンヌたちが探すことはできなかった論文でもあった。
「ファンヌ。ハンネスからこんなものが届いたぞ」
エルランドとハンネスは、いつの間にか「エル」「ハンネス」と呼び合う仲になっていた。年も近いから、自然とそうなってしまったのだろう。
そして今、エルランドはファンヌの部屋にノックもせずに勢いよく入ってきたところであった。
「エルさん。部屋に入るときは、せめてノックをしてください」
そんなやり取りも毎日の恒例となっている。ファンヌは、このベロテニアで希望する者に『調茶』を教えるための資料を作成していたところ。急にエルランドが部屋に来て、ぴくりと身体が震えたため、今、書いていた文字も震えてしまった。
「すまない。それよりもハンネスが」
「お兄様が、今度は何を送ってきたのですか? くだらないものでしたら、私からお兄様に説教をしておきますから」
転移魔法の乱用と言いたくなるほど、ハンネスは小まめに何かを送ってくる。まとめて送ればいいものの、彼はすぐに何かをやり遂げないと気が済まない性分なのだ。そのたびにこうやって、エルランドはファンヌの部屋を訪れる。
「今回は、違う。獣化に関する論文と、それの見解だ」
エルランドはファンヌにハンネスからの手紙を手渡した。ファンヌは黙ってそれを受け取り、視線を走らせる。
だが、彼女の顔はみるみるうちに赤くなっていく。あのとき、彼の獣化が解けたのも、この論文を読めば納得はできる。
「番を見つけた獣人が獣化を制御できるようになるのは、そういうことのようだ。だからもう、あの扉の前のテーブルはいらないよな?」
「そ、それは……。いります。だって私たち、まだ結婚していませんから。こ、こういうのは、結婚をしてからですよね」
ファンヌの言葉に不満げなエルランドであるが、彼女との結婚の時期は決まっている。それは、ファンヌが十九歳の誕生日を迎える日。
「まあ、いい。結婚した後は、蜜月があるからな」
だが、ファンヌは首を傾げる。
「エルさん。いつもそう言ってますが。蜜月とはなんですか?」
エルランドの答えに、ファンヌが悲鳴をあげたのは言うまでもない。
【完】
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