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その後、オグレン侯爵家の私兵団たちによってその場は制圧され、国王と王妃、そしてクラウスは離れにある塔に幽閉された。
新しくリヴァスの国王の椅子に座ったのはオスモであり、さらにハンネスが宰相となる。
『まだまだ不安定だからね。私くらいの魔力がある者でもないと、相手を捻じ伏せることができないだろう』
それがハンネスの言い分だった。
獣化したエルランドが大人しくなったのも、ハンネスの仕業だった。彼の姿を目にしたハンネスが、すかさず眠りの魔法を使ったらしい。
本当にハンネスの根回しの良さには舌を巻く。だが、彼が言うには、全てエルランドが裏で動いていたとのこと。パドマに来てから、彼はオスモやハンネスと密に連絡を取っていたようだ。オスモとやり取りをするのはわかるが、ハンネスとそのような仲になっていたことにファンヌは驚いた。
エルランドは毎日のようにオスモに手紙を送り、その日の成果について相談をしていたようだ。それから、マルクスから誘われた研究発表会。いつもと違う時期に開催されることを不思議に思ったらしい。さらに、彼が外部の人間と共同研究を行っていること。これを探るために、リヴァスの王国騎士団に所属する人間を使ったのだ。
というのも、オスモの息子が騎士団に所属していた。オスモはベロテニア人と結婚をし、エルランドが留学を決めた際に、息子も一緒に留学させていたのだ。エルランドの相談相手、見張り役として。
エルランドはそのまま学校に残ったが、彼の息子の方は身体を動かすことが好きであったため騎士団へと入団した。その彼は、あの工場の片づけの途中で意識を失ってしまう。そのときは、自分にどのような状態が起こったのかはわかってはいなかったようだ。
オスモの息子の動きにより、マルクスの共同研究者がクラウスであることを突き止めたエルランドは、この研究発表会で何かが起こるだろうと思っていた。その何かが獣化だったことだけは、エルランドも予想はしていなかった。
あの後ハンネスは、クラウスからも話を聞いていた。何かが抜けきったような彼は、ぽつぽつと正直に話を始めたそうだ。
ベロテニアでベロテニア人にだけ効果がある『薬』を、『体力強化剤』と偽って販売することで、ファンヌをおびき寄せようとしたようだ。『調茶』や『調薬』に興味を持つ彼女であれば、きっとその『薬』に興味を持つだろうと。本来であれば、時期をみてクラウスがベロテニアに向かう予定であったのだが、ファンヌの方からリヴァスへとやってきた。
エルランドから手紙を受け取ったマルクスが、クラウスに情報を流していた。
エルランドは論文調査という理由で学校へ行くと連絡していたが、そこに例の『薬』が存在していることは明らかであったし、エルランドが来るのであれば、間違いなくファンヌもやってくるだろうと思っていたようだ。
マルクスはマルクスでエルランドに嫉妬を抱いていたのだ。飛び級で若くして教授になり、パドマにいたときから『調薬』の世界で頭角を見せたエルランド。いくら研究対象が異なるといっても、同じ『調薬』の世界。悔しくないはずはなかった。だから、クラウスの誘いにのったとのこと。
研究費用も入るし、エルランドに一泡吹かせてやるチャンスだと思ったようだ。
マルクスが日程を調整しつつ、研究発表の場を設けた。本来であればマルクスとクラウスのみの発表の場であったはずなのに、声をかけるとすぐさま希望する研究者が現れたのも嬉しい誤算であった。
ただリヴァスにやって来たエルランドとファンヌが婚約していたことは、クラウスにとっても予想外のことであった。あの二人は研究によって関わっている間柄であると思っていたからだ。
婚約の件をマルクスから聞いたクラウスは、国王に「ファンヌのことは諦めましょう」と報告をした。だが、彼女を諦めきれなかったのは国王であった。この国に金を落とすには、彼女の力が必要不可欠。そう思った国王は、ファンヌの今の婚約を駄目にすればいいと考えた。
『クラウス。お前は何のために学校で研究に励んでいるのだ? ベロテニア人に良く効く薬のためではないのか?』
国王が何を望んでいるのか、クラウスは理解した。それに、クラウスと向かい合ってくれた女性はファンヌだけ。もう一度彼女がこの手に戻るのならば、と淡い期待を寄せながら――。
そのクラウスはオグレン領で預かることにしたらしい。オグレン領にはヘンリッキもいるし、何よりも本人がそこで『調薬』の仕事をしたいと希望したためだ。時期がきたら、王妃と共にオグレン領へ向かうとのこと。
あの時からそのような姿を見せてくれれば、ファンヌもクラウスにもう少し好意を抱くことができたのかもしれない。だが、すでに過ぎ去ったこと。
これからのクラウスの生活が、少しでも良い方向に転がっていくことを願うだけである。






