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10-(1)

 目の前に広がる茶畑。肌に触れる空気が暖かい。


「ここがオグレン領か」


 茶畑を見つめるエルランドは目を細めていた。何かをじっと見つめるとき、こうやって目が細くなるのがエルランドの癖なのだ。


「どうやら、薬草園を縮小して、茶畑の方を広げたようですね」


 もちろん、その理由をエルランドも知っている。必要な薬草は、ベロテニアから送っているからだ。そして、茶葉をオグレン領から送ってもらい、製茶したお茶をまたオグレン領へと送る。お互い、そうやって良い関係築いている。


「昔は、あそこからあそこまで薬草園だったんですよ。で、あそこまでが茶葉だけ。昔よりも、大分広がっています」


 ファンヌが指で場所を指し示しながら説明をした。その様子を、エルランドは目を細めて見つめる。


 少しだけ頬を高揚させ、興奮している様子がファンヌらしい。


「あ。茶摘みの人がいました。って、あ……」

 どうやら、ファンヌは知っている人物を見つけたようだ。


「あ、ファンヌ様」

 女性の高い声が、エルランドの耳にも届いた。


「え? ファンヌ様?」

 次々とファンヌの名を呼ぶ声があがった。


「エルさん。あの方たち、工場で『製茶』を行ってくれていた人たちです。え、皆さん、なぜこちらに?」


 エルランドに話しかけ、そして茶摘みの人に話しかけ。ファンヌの顔はあっちを向いたりこっちを向いたりで忙しい。


「パトマの工場からファンヌ様がいなくなったので、私たちも向こうを辞めてきました。そして、こちらで雇ってもらうことにしたのです」


「ヘンリッキ様たちが、私たちの仕事を準備してくださったので」


「あの工場はもうダメですよ。ファンヌ様がいなくなってからは」


 どうやらファンヌはリヴァス王国の現状を知らない様子であった。彼女が両親と手紙のやり取りをしているのは数回しか見たことがない。内容は、茶葉や薬草にする相談事が主だ。


 きっと近況報告などは行っていないのだろう。そういうところがファンヌらしいのだ。


 そういうエルランドも、パドマがどうなっているのかは知らない。特にパドマの人間とやり取りをする必要性がなかったからだ。


「そうだったんですね。もしかして、ベロテニアに送ってもらっていた荒茶も?」


「そうですよ。あそこで働いていた人たちで、荒茶にしてベロテニアに送ってました。そこまでの作業はいいんですけど、それ以降が大変ですからね」


 ファンヌと話をしていた女性がエルランドに気づいたようだ。


「あの、ファンヌ様……。こちらの方は、キュロ先生ですか? ですが、雰囲気がちょっと違う? 学校を辞められたとは聞いておりましたが。」


「そうです。パドマの高等学校にいた、エルランド・キュロ教授です。このたび、キュロ教授と婚約したので、そちらの報告のために戻ってきました」


 ファンヌの報告に目を丸くしたのは、茶摘みの人たちだけではない。エルランドもである。まさか、彼女がこのタイミングで婚約の件を報告するとは思ってもいなかったのだ。


「え? ファンヌ様が、キュロ先生と? え?」


「いや、絶対にあの王太子よりはキュロ先生の方がいいだろう?」


「そうそう。ファンヌ様が『調茶師』になった恩人だと聞いたこともあります」


「そういや、キュロ先生がいなくなってから……」


 ファンヌだけでなく、エルランドまで彼らの話題にあがってしまった。あまり人と触れ合うことが好きではなかったエルランドではあるが、彼らの話をニコニコと笑いながら聞いているファンヌがいることで、さほど嫌な気持ちはしなかった。それよりも、この話で得られた情報の方が大きかった。


「キュロ教授が辞めてから、『調薬』の世界で頭角を出してきたのはマルクス先生ですよ。最近、新聞を賑わせていますから」


 エルランドがリヴァスにいた頃から、調薬の世界ではマルクスかエルランドか、という構図ができていた。アプローチの仕方が異なっているため、単純な比較はできないが、恐らくエルランドの方が頭一つ分飛び出ていたのだ。何しろマルクスが力の入れていた研究は「頭髪を豊にする薬」なのだから。


 その彼が、エルランドがいなくなったことにより、他の調薬にも手を出し始めたのだろうと思われた。


 ここにいると話が終わらない。名残惜しいと思いながらも「ファンヌの家族も待っているだろうから」と口にすることで、なんとかその場を切り抜けた。


 オグレンの屋敷に向かう途中、ファンヌが口を開く。


「いつも思っていたのですが」


「なんだ?」


「転移魔法の転移する場所って、決められているんですか? リヴァスからベロテニアへの転移先は薬草園でしたし、今日も茶畑だし。屋敷の庭あたりに転移するものだと思っていたのですが」


「オレもよくわからないのだが。まあ、思い入れの強い場所。イメージのしやすい場所にしか転移できない。だから、行ったことのない国には転移できない」


 ベロテニアの薬草園はファンヌが好きそうだろうなと思っていたし、リヴァスの茶畑はファンヌから話を聞いて知っていた。だから、自然と転移先がそうなってしまっただけなのだ。


「ヘンリッキさんたちと荷物のやり取りができているのは、同じ転移の魔法陣を使っているからだ。あれが無ければ、ベロテニアから荷物を送ることもできない」


「転移魔法も、まだまだ謎が多いんですね」


「まあ、その辺は『国家魔術師』たちが研究しているだろう」


 そうやって話をしているうちに、屋敷へと着いた。

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