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9-(4)

 次の日――。


 エルランドが『診断室』で体調不良者の診断をし、オスモが研究室でファンヌと共に例の『薬』の成分分析を行うことになったことに対して、もちろんエルランドは不機嫌な顔をしていた。


「仕方ないだろう? あの『薬』がなんであるかがわからない以上、君をあの『薬』に近づけるのは危険なのだよ。だが、ファンヌ嬢はまだ一人で成分解析ができない。となれば、誰か指導する者が必要だろう?」


 オスモは楽しそうに笑いながらエルランドを宥めていた。それでもエルランドは唇を尖らせ、何か言いたげであった。


「エルさん。昼休みには、こちらに顔を出しますから。一緒に昼食をとりましょう」

 そんなファンヌの一言で、なんとかエルランドの機嫌は直ったようだ。


 そして今、ファンヌはオスモの指導を受けながら、例の『薬』の成分を分析している真っ最中であった。


「ファンヌ嬢。この色を見なさい」


 例の『薬』をたくさんのシャーレに少量ずつ分けていた。そこに違う薬や薬草、さらに茶を垂らして反応を確認するのだ。


「これは、微かであるが反応を示している」


 オスモに言われた通り、反応を示した茶葉や薬草を帳面に記していく。最後の一つを書き切った時、ファンヌは気づいた。


「大先生。これ、やはり『違法薬草』や『違法薬』などは使われていないようです。むしろ、ありきたりな薬草と茶葉だけです」


「そんなはずは……」


 ファンヌの報告に耳を疑ったオスモは、彼女が書いた帳面を覗き込んだ。


「本当だな。いたって普通に市場に出回っているものばかりだ。この辺の薬草なら、エルだって今までも何度も触れている」


 ファンヌもじっと並べられた薬草と茶葉に目を向ける。オスモが言った通り、流通しているものであり、あの工場で『製茶』していたときにもよく目にしていた薬草や茶葉だ。


 いや、むしろあの工場にあったものしか、ここには記載されていない。


「大先生……。私、この薬草たちの名前に見覚えがあるんです」


「そりゃ、ファンヌ嬢くらいの『調茶師』であれば、よく目にする薬草たちだろう」


「違うんです。この薬草、リヴァスの工場で扱っていたものです。むしろ、あの工場にある薬草しか出てきていない……。ベロテニアというよりは、リヴァスでよく流通している薬草です」


 ここはベロテニア。であれば、もう少し薬草の種類が豊富であるし、別の種類の薬草の方が主流だ。何しろベロテニアは、ファンヌ的には薬草の聖地なのだ。だが、例の『薬』に使われている薬草は、リヴァスの方で生育している薬草。


 もしかして、あの『薬』はリヴァスで作られたものではないのだろうか。


「だが、この薬草の中で、エルが過剰に反応を示すようなものはないな?」


 リヴァスの工場で使用していた薬草や茶葉は、いたって一般的に流通しているものである。工場で育てていたものもあったが、『違法薬草』などではない。普通の薬草を、魔力を用いて人工的に効率的に栽培していたのだ。


「はい……」


 ファンヌは震えが止まらなかった。


 いたって普通の薬草。そして、見たことのある薬草。まして、リヴァスの工場で用いられていた薬草だとしたら。


 一体、何が起こったというのか。


「こういった内容が得意なのは、エルだな。まずは、分析の結果を彼に伝え、仮説を立ててもらう。その仮説に基づき実験を行うしかないな」


「実験……。どのような?」


「この薬草の中から、エルに効果のあるものがあるかどうか」


 これらの薬草を用いて、エルランドを獣化させるという実験だろうか。


 ファンヌはゴクリと喉を鳴らした。


 逆に、ここに書かれている薬草が、エルランドを獣化に導くのであれば、彼に教える必要はある。だが、この薬は今までも――。


 ファンヌの考えは、まとまらない。


「ファンヌ嬢。そろそろ昼休憩の時間だ。エルに会ってきなさい。午後の診断は私が引き継ぐから、午後からはエルと一緒に例の『薬』の解析をすすめるように。『薬』さえエルに近づけなければ、問題はないからな」


「はい……」


 わからない。それが今、ファンヌにとっては不安の原因となっていた。


 少しだけ重い足取りで『調薬室』へ向かうと、午前中の診断を終えたエルランドが笑顔でファンヌを迎えてくれた。だが、彼もすぐに気づいた。ファンヌの表情が暗いことに。


「何か、あったのか?」


 食堂に向かいながら、エルランドも怪訝そうに眉をひそめる。


「あったと言えば、ありましたが。なかったと言えばなかったのです。あの『薬』からは、『違法薬』も『違法薬草』も検出されませんでした」


「そうか」

 エルランドも予想はしていたのだろう。ファンヌの報告に大した驚きもしない。


「食事を終えたら、研究室に向かおう。一緒に解析をする必要があるだろう?」


「そうですね。大先生も、この辺はエルさんの方が詳しいからって」

 ファンヌの声がぱっと華やいだ。エルランドが手伝ってくれることによって、少し自信が持てたのだ。だが、ファンヌ自身はそれにすら気づいていない。


 エルランドは表情が明るくなった彼女を見て、微かに笑みを浮かべていた。

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