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赤の天幕は食べ物を扱っている店。
青の天幕は衣類を扱っている店。
緑の天幕は日用品を扱っている店。
黄の天幕は薬草やお茶を扱っている店。
ベロテニア王国の王都ウロバト。天幕の色でそれぞれの店が扱っているものがわかる。
色とりどりの天幕。
それがウロバトの特徴だ。
だけど、変な色の天幕があった。黄色のような赤色のような。意識しないとわからない天幕――。
◇◆◇◆
ファンヌはオスモと共に研究室にいた。いつもはエルランドと共に研究を行うことが多く、彼以外の人と『薬』について研究することは新鮮な感じがした。
(違う……。不安なんだ……。私のやり方を認めてもらえるか)
ファンヌとエルランドの間には信頼関係があった。
ファンヌもオスモのことはエルランドの師とだけあって、信用はしている。だが、信頼はと問われると別問題である。
「ファンヌ嬢の手つきは、エルによく似ている」
目を細めながらオスモにそう言われると、思わずファンヌも身体を震わせてしまった。
「そ、そうですか?」
おそらく、ファンヌの声は上ずっていただろう。
エルランドに似ていると言われ、嬉しいとも思ったし、恥ずかしいとも思った。エルランドはファンヌが尊敬する『調薬』の師匠でもあるのだ。やはり、師に似ていると言われれば直に嬉しい。だが、婚約者でもある。だから恥ずかしい。
「ああ。エルも向こうできちんと指導ができていたようだな。ああいった性格だから、名が売れて教授にまでなったものの、心配はしていたんだ」
「ああ、なるほど。ですが、先生。他の学生からは一歩引かれていたかもしれませんね」
リヴァスにいた頃のエルランドのことを思い出す。
長ったらしい前髪に銀ぶち眼鏡。学生の指導に対しては「ああ」か「いや」しか言わない。その二言から解読したファンヌがフォローするかのように、学生に言葉を伝えていたのだ。
「ファンヌ嬢。そこの手順は、違う。こちらから先に」
ファンヌがオスモの指導の下に行っているのは、例の『薬』の成分分析である。見るからに『違法薬』である場合と、そうでない場合の分析の手順は異なるとのことだった。
『違法薬』は「違法に使われている薬草が何であるのか」を探るのが目的であるが、そうでないものは「どのような薬草がどれだけ使われているのか」を探るとのこと。薬草と茶葉を掛け合わせて新しい物を作ることを得意としていたファンヌにとって、それとは逆の分析においては経験が不足している。
だから、オスモやエルランドの指導が無いと行うことができないのだ。
「よし、それでいいだろう。そのまま一日置いておく必要がある」
「成分分析は、一日もかかるのですか?」
「ああ。他の薬と反応させる必要があるからな。その反応が終わるのに一日かかる。その結果を見て、どのような薬草がどれだけの割合で使われているのかを、さらに分析していかなければならない」
「うわ……。気が遠くなるような作業ですね」
「まあ。そこまできたら、それが好きな者にやらせるというのも手だが」
オスモにはそういった作業が好きな者に心当たりはあるのだろう。
「いえ。最後までやらせてください。こういった分析をする機会は、なかったので」
「そうだな。ファンヌ嬢が、『調茶師』である以上、分析方法は覚えた方がいいだろう。今回は『薬』だったが、同じような事例がお茶で起こる可能性はあるからな」
「そうですね……。お茶の場合は、茶葉の状態とお茶を淹れた状態と、二つの方法からの分析が考えられますから……」
「ファンヌ嬢、手がおろそかになっているぞ。お茶のことを考えるのは後回し」
「あ、すみません」
ファンヌはなんとか今日の分の作業を終えることができた。
「大先生。エルさんにこの状態の『薬』を近づけるのは危険ですよね」
「そうだな。何が使われているかわからない以上、エルとこの『薬』は距離を持った方がいいだろう」
そしてオスモはファンヌにカプセル錠の薬を手渡してきた。
「これがエルの抑制剤だ。ファンヌ嬢も持っておきなさい。エルは今まで十何年以上も獣化したことはなかった。だが、それが今起こった。つまり、これからエルに何が起こるかわからない。獣化が始まったら、無理にでもこの薬を飲ませなさい」
「もし、完全に獣化してしまったら?」
「それは私にもわからない。ここ何十年と完全に獣化した者はいない。獣化した後、エルの意識が保たれるのか、それとも失われるのかさえもわからない。わからないから、怖いんだ」
怖い。きっとそれはエルランドも同じだろう。彼の周りにいる人も。
だからあのとき、ファンヌを遠ざけたのだ。






