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「はいよ、ファンヌ嬢。持ってきたぞ」
陽気な声と共にサロンへ入ってきたのは、リクハルドだ。
「あ、リクハルドさん。ありがとうございます」
そういえば、街中で暴れた者の話を聞き出し、報告書をまとめたのもリクハルドであったことを思い出す。
リクハルドは、テーブルの上に先ほどの『薬』の包みを置いた。
「リクハルドさんは、何ともないのですか?」
「ああ。俺は触っても大丈夫だ。飲んだらどうなるかは、わからんけどな」
がははと、いつものようにリクハルドは豪快に笑った。
人によって症状が違う。『薬』に触れて大丈夫な人とそうでない人。飲んでも大丈夫な人とそうでない人。
エルランドには止められたが、やはり口に含んでみる必要はありそうだ。
そして、この『薬』の分析はエルランドに頼ることはできない。となれば、頼りになる人間として思い当たるのはオスモしかいない。
「リクハルドさん。エルさんの様子はどうですか? 落ち着きましたか?」
「ああ、そうだな……」
リクハルドがチラリと王妃に視線を向けたのは、教えてもいいのかと許可を取っているからのように見えた。王妃がコクリと頷いた。
「完全に獣化する前に抑制剤を飲んだから、それはなんとかなったのだが……。やはり、少々暴れてな。悪いが鎮静剤を打たせてもらった。エル坊は、先祖返りもあって魔力も強いからな。暴れられると俺ら騎士団でも手が出せなくなる。今は、部屋で眠ってる」
眠ってる。その言葉でファンヌはほっと胸を撫でおろした。
「では、エルさんが目を覚ましたら、一緒に帰ります。大丈夫、ですよね?」
「そうだな。エル坊が落ち着いているようなら、一緒に帰った方がいいだろう」
「だけど……」
王妃は何か言いかけた。
「エル坊の屋敷にいる者たちも、エル坊のことをよくわかっている者たちだから大丈夫だろう。だけどファンヌ嬢。状況によってはエル坊から離れるという選択肢が必要なこともあるから、それだけは肝に命じておいて欲しい」
「はい」
ファンヌは力強く頷いた。それはけしてエルランドから離れたくないという思いからだ。
ファンヌはオスモの昼休みの時間を狙って、『調薬室』へと足を運んだ。どうやらオスモはまだ『診断室』にいるようだ。
「大先生……。今、お時間ありますか?」
『診断室』の扉を開けて、ファンヌはオスモに声をかけた。
「おお、ファンヌ嬢……。エルはどうなった?」
眉尻を下げてそうやって尋ねてきたのは、オスモもエルランドに起きたことを知っているからだろう。
「鎮静剤が効いて、眠っているようです」
「そうか……。あの薬が効いたのか。よかった……」
きっとオスモがあの場に呼ばれて、エルランドに鎮静剤を与えたにちがいない。
「ファンヌ嬢も、エルのことは聞いたのだな?」
「はい」
「の割には、勇ましい表情をしている」
「ベロテニアが獣人の血を引く国であることを知って、ここに来てますから」
「わざわざこの時間を狙ってここに来たのには、私に聞きたいことがあるからだろう? そこに座りなさい」
オスモが示した「そこ」は、体調不良者がオスモに診断してもらうときに座る椅子だった。






