表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/79

1-(5)

 次の日――。


 ファンヌは、邪魔になる髪の毛を少し高い位置で一つに結わえ、シャツにトラウザーズといういつもの姿で、懐かしい学校を訪れていた。


 真っ白い外壁に青い屋根の四階建て。建物の中心は一際高く、時計がついている。学生や教師からは時計台と呼ばれている部分だ。


 ファンヌの目的地は、その時計台よりも東側の三階にあるエルランドの研究室。学校に通っていた頃、ファンヌが所属していた研究室でもある。学校の入り口にある事務所に顔を出し、エルランドに会いに来たことを伝えると、事務員は快くファンヌに入校許可証を手渡した。


「久しぶりですね、ファンヌさん。今日はどうされたのですか?」


「エルランド先生に会いに来たのです。ちょっと『研究』のことで相談があって」


「キュロ教授でしたら、この時間は研究室の方にいらっしゃいますよ。ファンヌさんのお茶、評判が良いですよね。私も毎日飲んでますよ。あ、ファンヌさんではなく、ファンヌ様とお呼びすべきですね」


「やめてください。本当に、そういうんじゃないんで」


 ファンヌは顔の前で両方の手を広げてひらひらと振った。この事務員とは学校に通っている時からの顔馴染であるため、このように砕けた口調で話してくれるのと、冗談が通じるところが良い。


 ファンヌが事務員に向かってペコリと頭を下げると、彼女は手を振って見送ってくれた。


 懐かしい校舎に足を踏み入れると、独特の香りが鼻についた。時計台よりも東側の建物は、主に『調薬』や『調香』を専門とする研究室があるため、西側よりも匂いが強いのだ。だが、それすらファンヌにとっては懐かしいものであった。


 歩くたびにギシッと軋む廊下も、年代を感じさせるもの。各階を繋ぐ折り返しの階段をゆっくりと上がっても、ギシギシと軋んだ音がする。この階段を上るたびに、エルランドが「東には予算が無いから、階段も直してくれない」とぼやいていたことを思い出す。


 三階に上がり、階段から三つ目の扉。それがエルランドの研究室である。


 扉を叩くと中からすぐに返事があった。

「はい。開いてるよ」


 つまり、鍵はかかっていないから自分で扉を開けて中に入ってきなさい、と言っている。


「お久しぶりです、エルランド先生」


 扉を開け、ファンヌがそう口にすると、黒髪の前髪が鬱陶(うっとう)しい青年――エルランドが、銀ぶち眼鏡の下にある細い碧眼を一生懸命大きく開こうとしていた。

「ファンヌ、か?」


「はい。ファンヌ・オグレンです」


 自席で何やら調合をしていたようだ。仄かに匂う薬草の独特の香り。この香りから察するに、体力強化剤辺りを調合していたのだろう。


「体力強化剤、ですか?」

 ファンヌが尋ねると、エルランドは喜悦の色を浮かべる。


「さすがファンヌだな。もしかして、香りだけで判断したのか?」


「はい。少し刺激するような香りが特徴的ですから。これを茶葉と組み合わせれば、眠気も吹っ飛んで、集中力も高まるようなお茶ができるかも……」

 ファンヌがぶつぶつと言い出したため、エルランドは目を細めた。


「ところで、今日はどうしたんだ? 君は、その……。王太子殿下の婚約者だろう? 王宮の方に通わなければならないからと言って、学校を辞めたのではなかったのか?」


「あ、はい。そうです。殿下の婚約者を辞めたので、またこちらに通うことができないかと、先生にお願いしようと思って来ました」


 ガタッと、エルランドが椅子から落ちそうになった。


「先生、どうかされましたか」


 ファンヌが慌ててエルランドに駆け寄ると「なんでもない」と手を振り、眼鏡をくいっと押し上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ