8-(5)
いつものように『調薬室』に顔を出して、オスモに状況を説明する。するとオスモも「行っておいで」と笑顔で送り出してくれた。
そのまま王宮の中に入り用件を伝えると、国王の執務室に案内された。
まさか執務室を案内されると思っていなかったファンヌは、少しだけそわそわとし始めた。
「父上、お呼びでしょうか」
「あぁ、エルランドとファンヌか。朝から呼び立てて悪かったね。そこに座りなさい」
そう言った国王も、朝から執務席に座って、大量の書類に目を通していたようだ。書類の山が三束ほど、国王の前にはできあがっている。
国王はベルを鳴らして侍女を呼びつけると、お茶の準備をするようにと指示を出す。
ファンヌはエルランドと並んで、ソファに座る。いたって普通の執務室だ。ブラウンの色調で統一された室内。ソファもアンバー色で、室内に馴染みながらもどこか明るさを醸し出している。
だが、その明るさとは逆に、どことなく陰りを見せているのは、国王の表情である。
「父上、どうかされましたか?」
「ああ、すまない。どのようにして話を切り出そうかと、少し考えていた」
そう言葉にするくらい、言いにくい話なのだろうか。国王は、自身の上着の胸元の合わせからごそごそと手を入れると、何かを取り出した。他の者たちに見つからぬように、上着の内ポケットへと隠していたのだろう。
「この薬について調べて欲しい」
テーブルの上に置かれたのは、薄い紙に包まれている何か。だが国王が「薬」と言ったことから、この紙を開けば薬が出てくるのだろう。
「調べる、というのは、出どこを探れという意味ですか? それとも薬の成分を?」
エルランドは薬の包みを開きながら尋ねた。
「まずは、成分を分析して欲しい。『違法薬』や『違法薬草』が含まれていないか」
薬は粉上のものが塊になっているものだった。だが、見た目は柔らかそうに見える。粉が劣化して固まった、そのような感じに見えた。指で触れれば、塊は粉になるのだろうと思われる。
ファンヌもその薬を見るために、ぬぅっと首を伸ばしてきた。
「見たところ。いたって普通の薬のようですね。『違法薬』には見えません。この薬がどうかしたのでしょうか」
ファンヌは見た目から判断したことを口にした。すると国王は腕を組む。
「そうか……」
「ですが。きちんと詳しい分析をしないことには、何とも言えませんが。ただ、見た目からはそうは見えない、ということです」
ファンヌの言葉にエルランドも頷く。
「父上。この薬がどうかしたのですか?」
ソファの背もたれに背中を預けた国王は、ふむぅと唸ってから口を開いた。
「最近、ウロバトが少し物騒でな。小競り合いが頻発している」
「小競り合い?」
エルランドが聞き返すと、国王は大きく頷いた。
「ああ。民同士で、何やら言い争いをしていることが多いらしい。言い争いだけならまだいいのだが、中には手や足を出す者もいる」
つまり、暴力を振るう者がいる。
「すぐさま、周りにいた者が騎士団を呼ぶから、大事には至らないのだが。ただ、そういった事例が増えている」
「それと、この薬にどのような関係があるのですか?」
エルランドの疑問は正しい。薬の分析依頼をしておきながら、先ほどから聞かされているのは、王都で増えている小競り合いの話。
「まあ、そう焦るな。先ほどから私は、関係のある話しかしていないよ」
ようするに、小競り合いと薬は関係している。となれば。
「その、問題を起こしている者たちの中に、この薬を使われている方が多いということですか?」
ファンヌが尋ねれば「そうだ」と国王は答える。
「そうやって問題を起こした者は、騎士団の方で捕らえて話を聞くわけだ。もちろん、相手に怪我をさせたり、物を壊したりした者は罪に問わなければならないしな。まあ、それでリクハルドから報告があがってきたわけだ」
リクハルドは王国騎士団第一部隊の部隊長を務めており、第一部隊はこういった王都内の警備についたり、問題を起こした者たちから話を聞いたりするのが、主な仕事である。
「騎士団で話を聞いた者たちには共通点があり、その共通点の一つは、なぜあのような行動に出たかがわからない、と口にすること。彼らは、なぜ自分たちが暴れたのかがわからないようなのだ」
「つまり、自我を失っていると?」
エルランドが尋ねた。
「そのようだな。それから、もう一つの共通点。それがこの薬になる」
「どういうことでしょう?」
ファンヌも腕を組んで首を傾げた。
「薬を飲んだら、暴れたくなった。そういうことでしょうか?」
「簡単に言うと、そうなるな。これが、リクハルドからあがってきた報告書だ。こちらも参考にしながら、薬の分析を頼みたい」
「わかりました」
こうやってファンヌは、何でもすぐに引き受けてしまう。今もエルランドが答えるよりも先に、引き受けている。
「そうか。引き受けてくれるか……」
エルランドは答えていない。






