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「ああ、そうだ、ファンヌ。今日は、父から呼ばれていたのだが……」
「でしたら、終わるまでお待ちしておりますよ。リサにも誘われていたので」
「違う。君もだ」
国王から呼び出される内容に心当たりのないファンヌは首を傾げることしかできなかった。
仲良く朝食を終えた二人は、いつもであれば王宮にある『調薬室』と『研究室』へと向かい、そこで仕事を行う。だが今日は、朝一で国王からの呼び出しに応える必要があった。
数えるほどではあるが、国王とは世間話をするために、一緒にお茶を飲んだことはある。だが、改めて呼び出しとなれば、話しは別だ。どこかピリッと気持ちが引き締まる思いがする。
それでも隣を歩くエルランドがいてくれるだけで、どこか力強い。
「どうかしたのか?」
ファンヌの視線に気づいたエルランドは、そう声をかけながら、握る手に少し力を込めてきた。ファンヌもお返しと言わんばかりに、きゅっと力を入れる。
こうやって手を繋いで歩くことにも慣れた。婚約したばかりのときは、並んで歩くことさえ恥ずかしかった。だが、周囲の目は温かいし、エルランドと婚約したことを、誰もが喜んでくれる。
気持ちを伝えてからというもの、彼の体温を感じたくなることが突如と起こるのが不思議だった。もしかしたら、そうすることで彼が側にいるという証が欲しいのかもしれない。
「だいぶ風も暖かくなりましたね」
「そうだな。ノスカ山の雪が解けてくると、残雪が鳥の形を作る。『種蒔きを告げる鳥』と呼ばれ、それが見えたら、種蒔きが始まる時期だ」
「その鳥は、いつ頃見れますか?」
「そうだな。あと一か月後には。その頃になれば、あそこの庭園は一面黄色に染まる」
エルランドが指を差したのは、王宮管理の庭園の一部だ。
「もしかして……。エルバーハの花ですか?」
「そうだ」
エルバーハは、雪が解け、暖かくなる季節に咲き出す黄色い花。花が咲く前の蕾や茎は料理にも使われる。柔らかい葉はエルバーハ茶として楽しまれることもある。
「エルバーハは、リヴァスではあまり見ることができない花なんですよね。特に、王都のパドマではまったく見たことがありません」
「そうだな。エルバーハは、ベロテニアのような気候の方がよく育つ」
「楽しみです。エルバーハの花が咲くのが」
「なんだ。てっきり『調茶』に使いたいというのかと思ったのだが」
エルランドが、くくっと笑った。
「もう。私だって、普通に花を愛でたいときだってあります。むしろエルバーハの花の方を『調茶』に使いたいと思っているくらいです」
エルランドが手で口元を押さえたまま固まった。どう答えたらいいのか、困っているように見える。
「まぁ。エルバーハは、料理にも『調香』にも『調薬』にも使える万能な花だからな。花を『調茶』にというのもあり得るかもしれない」
「でも。ここ一面に咲き誇ったエルバーハの花を、エルさんと一緒に見たいです。今年だけでなく、来年も、ずっと……。エルバーハって、なんか、エルさんの花っていう感じがします」
名前が似ている。エルランドとエルバーハ。
「あぁ。エルバーハは、母上が好きな花だ。オレが生まれた時、エルバーハの花が見事に咲き誇っていたらしい」
だからエルランドの名前の一部に使ったのだろう。
「私も好きですよ」
エルランドは何も言わず、繋いだ手に少しだけ力を込めてきた。
だが、ファンヌは気づいた。エルバーハが咲き誇った時期にエルランドが生まれたとしたなら、彼の誕生日がもうすぐやってくるということに。
(カーラとサシャに相談しよう……)
胸の内を悟られないように、ファンヌはエルランドに笑顔を向けた。






