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アデラの部屋の扉を乱暴に開け放ったクラウスは、足を投げ出してソファでくつろいでいたアデラの元へずんずんと近づいた。この部屋はアデラが言うがまま、揃えた物が多い。
広くて豪勢な寝台。ゆったりとくつろげるソファ。大きな窓のカーテンは、昼間も日光を遮ることができるようにと厚手で暗い色のもの。
アデラは基本的にこの部屋から出ようとしない。妊娠中だから、お腹が大きくなってきたから、それが理由だ。
だがクラウスはアデラに王太子妃としての教育を受けてもらいたかったし、クラウスの仕事の手伝いもして欲しかった。
医療魔術師が言うには、アデラも安定期に入ったため、様子を見ながら執務に携わることができると口にしていた。だからクラウスは、書類の整理をアデラに頼もうとしたのだ。
だが、彼女はすぐさま断りを入れた。
「ずっと立っているのは、辛いのよ。ほら、お腹も大きくなってきたでしょう?」
座りながらでもいい、とクラウスが口にすると。
「すぐに眠くなってしまうの。妊娠すると、眠くなるみたい」
欠伸をしながらアデラは答えた。
何かを頼もうとすれば、「眠いから」「お腹が重いから」と、そんな理由で断られてしまう。せめて王太子妃教育をと思い、彼女に本や資料などを手渡せば「頭が痛くなるから」と口にして、それらに目を通そうともしない。
ファンヌがいたときは、彼女は黙ってクラウスの仕事を手伝い、工場の管理もして、さらに王太子妃教育も受けていた。ファンヌができていたことを、アデラにもやって欲しいと思っていただけなのに、彼女はそれすら拒む。
そして、あのとき感じた違和感が次第に膨らんでいくのと同時に、近頃のアデラには魅力を感じなくなっていた。
豊かであった茶色の髪は、少し乾いた感じがして手触りも以前と異なってきている。艶やかだった肌も、どこか潤いが足りていない。
一つ気になるところが見つかると、次から次へと目につくようになるのが不思議だった。
それに、アデラが断るごとに「ファンヌだったら――」とつい彼女と比べてしまう。
そういった感情が、とうとうクラウスを動かしたのだ。
「アデラ。そろそろその子の魔力鑑定を行いたい」
クラウスがアデラの前に立ち、見下ろしながらそう言うと、彼女は茶色の目を大きく開いて、驚いたように彼を見上げた。
以前はその瞳を見つめるだけで吸い込まれそうだと感じた彼女の目を見ても、何も感じない。むしろ、くすんだ色にさえ見えてくる。
「魔力鑑定?」
まるでその言葉を初めて聞いたかのように、アデラは問い返した。
「そうだ。君のお腹の子が王族の血を確実に引いていることを確認するために、医療魔術師が魔力鑑定を行う」
「クラウス。その『魔力鑑定』とは、一体何なの?」
どうやらアデラは『魔力鑑定』を知らないようだ。この言葉は一般的には浸透していない。魔力鑑定とは、親子関係を確認するための方法であり、やたら使われてしまうと争いごとの元になるためである。王族として生まれる子は、産声をあげる前に母親のお腹の中でこの『魔力鑑定』を受けるのが習わしだ。
それは、万が一のことを想定してのこと。
「魔力は親から子に引き継がれる。引き継がれるということは、どこか似た部分があるということだ。その似た部分を確認することを『魔力鑑定』と呼んでいる。魔力を色で表現する者もいれば、香りで表現する者もいるが。親子であれば、その色や香りが同じになるんだ。アデラの子が間違いなく僕の子であることを、父上たちに証明しなければならない。だから『魔力鑑定』をする必要がある。あまりにも胎児が小さいうちは、魔力も安定せず鑑定ができなかったが、胎動を感じるようになる頃であれば、鑑定の結果も間違えないと医療魔術師は言っていた」
アデラの顔色がみるみるうちにかわっていくことに、クラウスは気づいた。それでも彼は言葉を続ける。
「君の子が間違いなく僕の子であることを証明する。それが証明されれば、父上も母上も、君との結婚を認めてくれるし、君は僕の正妃になれる」
「もし……。もしも。もしもの話よ? もしも、あなたの子ではないと判断されたらどうなるの? その『魔力鑑定』は、本当に間違えることなく判定できるの?」
「ああ。『魔力鑑定』は確実に血の繋がりを確認できる。だから、間違いなく君のお腹の子が僕の子であることの証明になる」
「そ……、そうなの……」
アデラが動揺していることを明らかに見て取れた。彼女のお腹の子供がクラウスの子であるならば、ここまで動揺するはずはないだろう。
「それって、いつなの? この子の『魔力鑑定』を行う日……」
「そうだな。早ければ明日。医療魔術師の手が空き次第、頼もうと思っている。こういうのは早い方がいいだろう?」
クラウスはアデラの隣に座り、彼女の腹部に触れる。
「楽しみだな。僕の子に会えるのが……」
アデラは何も言わなかった。
だが次の日の朝。アデラとクラウスの護衛騎士の一人が姿を忽然と消した。
全てはそれが答えだったのだ。
クラウスは唇を噛みしめることしかできなかった。






