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6-(1)

 クラウスはイライラしていた。イライラの原因が『製茶』の工場にあることはわかっている。


 ファンヌと婚約解消をして三か月。たったの三か月だ。


 にも関わらず、『製茶』の工場で働いていた作業員は全て辞めてしまった。仕事を辞めたら金に困るだろう、給料を上げてやると口にしても、誰一人残らなかった。


「くそっ……」


 クラウスは今、シンと静まり返った工場の片づけをしていた。彼を手伝うのは、手の空いている臣下のみ。もちろんこの工場の責任者として名指しした彼もいる。


 クラウスの頭には、国王の声がずっと繰り返し響いていた。


『失態だな、クラウス。さっさと工場を片付け、次の案を考えろ』


 次の案と言われても、何をしたらいいかがわからない。働く者がいなければ、働く者を雇えばいいと思った。だが『製茶』は一朝一夕で行うことができる仕事でもない。熟練された作業者から教えてもらう必要がある。その熟練された作業者が誰もいないのだ。


 もうこの工場で『製茶』を行うことはできない。


 人のいなくなった工場には『製茶』で使われる器具が散乱し、材料となる茶葉や薬草がツンと鼻につく(にお)いを放っていた。顔を布地であてがっても、鼻につく臭いは体内に入り込んでくる。


「くそ、くそ、くそ」


 異臭を放つ薬草を布の袋にいれながら、クラウスは悪態をつくことしかできない。


(なぜだ……、何が悪かったんだ……)


 クラウスにはそれがわからない。


(いや、僕は悪くない……)


 最後の薬草をぼふっと乱暴に袋にいれ、足で袋を押さえつけながら縛り上げる。


「お前たち。これを運んでおいてくれ」


 クラウスは怒りに任せて、袋に薬草を詰め込む作業を行っていた。気が付けば十数個の布の袋が大きく膨れ上がっていた。


 作業に使った手袋も臣下に投げつけ工場から出ると、クラウスは急いでアデラの元へと向かった。


 アデラは妊娠の安定期に入ったところで、気分が良ければクラウスと庭園を散歩することもあった。

 アデラの部屋へと向かうクラウス。彼らの私室のあるこちらの場所には、入口に護衛が立っており、王族以外の者は立ち入ることができない。クラウスについていた護衛もこの場で控えの間に下がる。


 一つ目の角を右に曲がればアデラとクラウスの私室がある。王族ではないアデラがこちらの場所に部屋をあてがわれたのは、彼女の腹の中にいる子が王族の血を引いているためだ。


 その角を曲がった時、アデラの部屋の前にアデラと男が立っているのを見てしまった。


 クラウスは思わず向こうから死角となる壁に身を隠す。


(誰だ……。アデラと一緒にいる男は……)


 彼らに気づかれぬように顔だけ出して、二人を観察する。何やら言い合いをしているようにも聞こえる。


「……子じゃ……いのか?」


 男の声だ。


「あの人の……わけ……じゃない……。だって……」

 アデラの声は楽しそうだ。


「さっさと……。面倒な……。私は……から」

 男がアデラの部屋の前から立ち去る気配がした。この建物から外に出ていくためには、今クラウスがいるところを通っていく必要がある。ここに隠れていたら、二人を覗き見していたことが知られてしまうだろう。


 クラウスは小さく息を吐き、姿勢を正してからアデラの部屋へと堂々と歩き出した。


 男とすれ違う。


(護衛騎士か……)


 すれ違った男は見たことのある男だった。というよりも、クラウスの護衛騎士だ。


 気づいたクラウスは彼に視線を向け、声をかける。


「なぜ、ここに? 今日はお前に用はないと言っていたはずだが?」


「殿下のことが心配でしたので様子を見に来ました。ですが、お部屋に不在でしたので戻ろうとしているところです」


 だから見張りも彼を通したのだろう。適当な言い訳を並べ立てれば、あそこを通ることができるような男なのだ。


「そうか、だったらさっさと持ち場に戻れ」


 クラウスの言葉に男は顔をしかめた。


「殿下……。もしや、工場の方に行かれておりましたか? その……、臭いが……。すぐに風呂に入られるのであれば、誰かに言付けますが」


 男が「臭い」と口にした途端、クラウスは顔を歪めた。なぜそのようなことをこの男から指摘されなければならないのか。


「不要だ。いいからお前はさっさと持ち場に戻れ」


「失礼しました」


 男は頭を下げると、クラウスの前を通り過ぎていく。


 ちっ――。


 クラウスは舌打ちをした。


(なぜあいつがアデラと会う必要がある)


 怒りにまかせて床を踏みしめながら、クラウスは自分の部屋ではなくアデラの部屋の前に立つ。扉を叩くと、不機嫌そうなアデラの声が中から聞こえてきた。


「僕だよ、アデラ。気分はどうだい?」


「あぁ、クラウス……、会いたかったわ……。……っ」

 少し下腹部をふっくらとさせたアデラは、クラウスの姿を見た途端、顔を歪ませた。

「クラウス。あなた、何をしてきたの? その……臭いが……」


「工場の片づけをしてきた。あそこで新しいことを始めようと思ってね」


「そ、そう……」

 鼻と口を手で覆ったアデラは不審な者を見るような視線をクラウスに向けた。

「わ、私……。気分が優れないから、休むわ」


「そうか。君の顔を見にきただけだから、気にしないでおくれ」


「え、えぇ……。だけど、クラウス。ご飯のときまでにはその臭いをなんとかしてね」


「臭い?」


 そういえば先ほどの男も、クラウスに向かって臭いを指摘していたことを思い出す。


「そうよ。もしかして、クラウス。気づいていないの? あなたから……。その。なんか、腐ったような臭いがするのよ。工場の片づけをしていたって言ったから、そこの臭いかしら?」


 クラウスに移った臭いは腐った茶葉や薬草の臭いだ。鼻を覆っても、布地の隙間を狙うようにしてクラウスに襲い掛かっていた、あの嫌な臭いのことだろう。


「わかった……。すぐに風呂にいってくる……」


「ええ、お願いね」


 アデラはクラウスを追い出すかのように、パタンと扉を閉めた。


 たったそれだけのやり取りであったのに、クラウスは感じた。いや、逆に感じなかったのだ。アデラの腹にいる赤ん坊の魔力から、自分と同じような()()()が。


 王族の血を引くのであれば、そろそろ魔力鑑定ができる時期になる。


 唇を噛みしめながら、クラウスは隣の自室の扉を開けた。

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お読みいただきありがとうございます。
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