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エリッサとのおしゃべりをしているファンヌを呼びにくるのは、エルランドの役目だ。彼はこの間、王宮の方で調薬師としてではなく王族として何やら仕事をしているらしい。好きなことだけをやりたいと口にしている彼だが、やはり王族としてやるべきことはあるのだろう。
「ファンヌ。待たせたな」
エリッサと他愛のないおしゃべりに花を咲かせていると、用事を終えたエルランドが迎えにきた。
毎朝、エルランドと二人で『調薬室』を訪れ、日が傾き始める頃、二人で屋敷に戻る。これくらいの距離であれば、ファンヌ一人でだって行き来はできる。だが、エルランドがそれを頑なに拒んだ。
だから彼が王宮に用事があるときは、こうやってエリッサが相手をしてくれるのだ。彼女の都合がつかないときは、王妃やローランドやランドルフの妃が相手をしてくれた。
「父上たちと、『調茶』の工場の件について話をしてきた。今回の案件が議会を通ったから、『調薬』で使用していた工場の一部を『調茶』のために使う許可が出た」
「え、本当ですか?」
ガタガタと椅子を勢いよく音を立てて、ファンヌは立ち上がった。勢いよく立ち上がり過ぎたため、椅子は後ろにコテンと倒れる。
その様子をエルランドは微笑みながら見ていて、倒れた椅子を元に戻した。さらにその二人の様子を見ているのはエリッサで、ニヨニヨと不気味な笑みを浮かべている。
「ああ。君のお茶を望んでいる者は多い。君一人で『調茶』から『製茶』までやるには、負担がかかり過ぎだし、多くの手元に届くのに時間もかかる。工場を整備すれば、『製茶』は他の者に手伝ってもらうことができるだろう?」
「はい。少し、大変な仕事ではありますが」
「だが、それを手伝ってまで君のお茶を飲みたいという者たちもいる」
「ありがとうございます」
ファンヌはエルランドに向かって頭を下げた。
「いや、礼を言いたいのはこちらのほうだ。お茶の力で体調が良くなった者たちも多い。いつも飲んでいるお茶を、君が作ったお茶に変えるだけだから、無理なく続けることもできるようだし」
「はい」
「工場の整備に、もう少し時間はかかるが。それまでは、師匠の仕事を手伝いながら、工場の運営方法について考えて欲しい。オレも手伝うから」
「はい」
「え~、すごい」
エリッサの声がして、ファンヌははっとした。それはもちろんエルランドも同じだ。彼女の存在を忘れていたわけではない。ただ、『製茶』の工場の話に夢中になってしまっただけで。
「エル兄さまも、ファンヌの前だと、そのくらいお話ができるのね。私が声をかけても「ああ」か「違う」しか言わないくせに」
テーブルの上に肘をついて両頬を手の平でおさえたエリッサは、ぶぅと唇を尖らせている。
「別にいいんだけど。私もエル兄さまに話すようなことは、何もないから」
兄妹のやり取りを見て、ファンヌは口元を綻ばせた。と、同時に、離れ離れになってしまった家族のことを思い出してしまう。
ファンヌがベロテニアに行くことを決めたから、両親と兄はオグレン領に戻ったはず。あそこは年中穏やかな気候であるため、茶葉を育てるのに適している場所だ。むしろ、ファンヌがお茶に興味を持ったのは、オグレン領で茶葉を栽培していたから。
ハンネスが王都パドマの学校に入学するまでは、オグレン領で暮らしていた。どこまでも広がる茶畑が、ファンヌの遊び場でもあった。






