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5-(1)

 王宮での仕事を辞め、領地へ戻る決心を決めたオグレン侯爵夫妻とその息子の動きは早かった。退職の十八日前には退職届を出し、すぐさま領地にいる家令に連絡をした。


 部屋の整備と空き家の確認のために。というのも、王都で雇っていた使用人たちには紹介状を書こうと思っていたにも関わらず、なんと彼らのほとんどが一緒についていきたいと口にしたからだ。領地から王都に連れていった使用人たちもいるので、王都で雇った彼らが領地に行きたいと言っただけにすぎないのだが。


 まだ屋敷の部屋は余っているから彼らを受け入れることはできる。それでも今後のことを考えると敷地をいろいろといじる必要があった。


「調薬の工場が欲しいわ」

 とおっとりした口調で口にするのは、『国家調薬師』の肩書を持つヒルマである。


「彼らの生活の場も準備しなければならないわよね」


「でしたら、領地内の空き家の確認をしましょう」

 ヒルマの言葉をハンネスが続けた。ヘンリッキは、妻と息子の話を聞きながら、今後のことについて考えていた。


「恐らく、『製茶』の工場も必要になるだろうなぁ」


「でしたら、あなた。『調薬』の工場に併設させたらどう? あの()の『調茶』は『調薬』が基本だから、私がみれないこともないけれど。ただ、茶葉の扱い方がわからないだけで」


「それは。『製茶』に携わったことのある者たちがいれば大丈夫だろうとは思うが……。ファンヌのことだから、その辺はきっちりと指導しているはずだ」


「父さん。『製茶』の工場まで考えているのは、どういうことですか?」

 ハンネスが尋ねた。『調茶』を専門とするファンヌがいない今、わざわざ領地で『製茶』を行う工場を準備する必要がわからない。


「まあ、ファンヌがあっちに行ってしまったからな。『製茶』に携わっていた者たちは、恐らく領地で受け入れることになるだろうな、と思っただけだ」


「ですが。『製茶』の工場は王宮にもあるじゃないですか」


「だから、だ。あそこで工場がうまくいっていたのも、全てはファンヌのおかげだ。それにすら気づかずに、浮気をして子を孕ませたあの(クソ)王太子には、少し痛い目に合ってもらう必要がある」


 ヘンリッキの心の声が漏れている。不敬罪と言われてもおかしくないような言葉が、ヒルマにもハンネスにも聞こえたような気がした。


 だがヘンリッキの言葉には一理ある。『製茶』は立ち仕事であるため、身体を酷使する。それを知って、あそこで働いていた者たちを労っていたのがファンヌなのだ。自身も『調茶』をすることから、その仕事の大変さを知っていたのだろう。


「ただ、ファンヌが言うには『製茶』はなかなか大変な仕事です。ですから、本人たちの希望を聞いて決めましょう。それよりも、茶葉摘みの人材を確保したほうがいいのではないでしょうか? あとは、薬草摘みですね」


 ハンネスの言葉にヒルマが答える。

「薬草の方はね、エルさんから送ってもらうことになっているから大丈夫なのよ。ハンネスの言う通り、茶葉摘みの人材を揃えた方がいいかもしれないわね。きっと、あの()。こっちの茶葉が恋しくなると思うのよね」


 エルランドの名前が出たところで、ヘンリッキとハンネスはヒルマに視線を向けた。だが、ヒルマは気にしていない。こういうところは、母娘(おやこ)そっくりだということにもヒルマは気づいていない。


 ヒルマはエルランドから預かった魔法陣の写しを書いた紙を、ヘンリッキとハンネスに手渡した。


「実は、こういうものまで準備してもらったの。私の魔力では無理だけれど、あなたたちならできるわよね」


「これは……。転移魔法の魔法陣の応用系。さすがキュロ教授だ。これがあれば、転移魔法が使えない者であっても、こちらとあちらの物のやり取りが簡単にできる。まあ、それなりに魔力を必要とするが」


「ああ、でしたら父さん。そういった物の移動を専門に行う人も雇ったらいかがでしょう。少し他の者より魔力を多く備えている者で」


「なるほど」


 結局話し合いの結果、王都からオグレン領に来ることを望む者には、茶葉の栽培と茶摘みとその加工、薬草の選別や調薬の補佐、そして物品を移動させることを仕事として与えることにした。


 そういえば、とハンネスが口を開く。

「あの王太子がクソなのは、なんとなく気づいていましたが。ですが、アデラ嬢の腹の子は本当に王太子の子なんですかね?」


 その言葉に、ヘンリッキは顔を曇らせる。

「どういうことだ?」


「まだ、正式に魔力鑑定ができない時期だからなんとも言えませんが。ですが、なんとなく感じる微かな魔力が、王太子殿下のそれとは異なる色を発しているように感じたので。なんとなくですよ? 正式にはきちんとした魔力鑑定をしなければわかりませんし、それができるのも、もっと後になってからです」


 胎児の魔力鑑定ができるのは医療魔術師でも一部の者のみ。王宮にはまだ三人ほど医療魔術師が残っているはず。だが、医療魔術師長がヘンリッキだったのだ。彼が辞めた今、医療魔術師長は副師長だった者が繰り上がっている。彼が胎児の魔力鑑定をできたかどうか、ヘンリッキは覚えていない。というのも、そういった魔力鑑定はヘンリッキとハンネスが引き受けていたためだ。


「だけど。仮にアデラ嬢の子がクラウス殿下との子でなかったとしたら……。どうなるのかしらね?」


 おどけたような表情で、ヒルマは首を傾げた。


「どうなるんだろうなぁ」


 知ったことではない、と言うかのように、ヘンリッキは呟いた。それはハンネスも同様に。

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お読みいただきありがとうございます。
ピッコマノベルズ連載中のこちらもよろしくお願いします。

人の顔がすべて『∵』に見えるので、この子の父親は誰だかわかりません!


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