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1-(2)

 ファンヌはオグレン侯爵家の第二子として、十八年前に生を受けた。

 父であるヘンリッキは王宮で働く『国家医療魔術師』であり、母親のヒルマも『国家調薬師』である。さらにファンヌの四つ年上の兄ハンネスも、昨年『国家医療魔術師』の資格を取り、今は父を師に仰ぎながら『王宮医療魔術師見習い』として王宮に仕えている。

 つまり、オグレン侯爵家とは精鋭揃いの血筋なのである。だが、その裏に彼らの努力もあることを忘れてはならない。




 ヘンリッキの執務室の前の扉に立ったファンヌは息を吐く。先ほどから何度ため息をついたことだろう。


(お父様とお母様とお兄様が、この中には揃っているのよね……。ああ、もう。間違いなく()()がお父様たちの手に渡ってしまったということじゃない)


 呼吸を整え、手櫛で髪を整えてから、扉を叩く。

「ファンヌです」


「入りなさい」

 扉の向こうから聞こえてきたのはヘンリッキの声。この声色は、決して機嫌がいいとは言えない声色だ。


 ガチャリ――。


 開けた扉をまた閉めて、この部屋を立ち去りたい気分だった。


 執務室のセピア色の床の上にチャコールグレイのソファが二つ、テーブルを挟んで向かい合って置いてある。窓を背に執務用の重厚な黒い机があり、壁もベージュでどことなく落ち着いた雰囲気の部屋。


 執務室に足を踏み入れたファンヌが目にしたのは、ソファにヘンリッキとヒルマが並んで座り、その向かい側に兄のハンネスが難しい顔をして座っているという状況。


「座りなさい」


 ヘンリッキが、ファンヌにハンネスの隣に座るようにうながす。


「はい」

 静々と頷き、彼女はハンネスの隣に腰をおろした。

 ハンネスはファンヌと違い、チョコレートブラウンの髪を持つ。こうやって並んでも、兄と妹であるとは一目見ただけでは気付かないだろう。兄の髪は、父のヘンリッキ似なのである。そしてファンヌはもちろん母親のヒルマによく似ていた。


「早速だが、本題に入らせてもらう」

 ヘンリッキのサファイアブルーの瞳が光ったように、ファンヌには見えた。

「このようなものが、神殿から届いていた」


 テーブルの上にパサリと置かれた一枚の書類は、ファンヌが予想していた通りの書類だった。


 婚約解消通知書――。


 その名の通り、婚約解消が正式に成立したことを知らせる通知書である。


「どういうことか、説明をしてもらおうか」

 ヘンリッキの声は穏やかでありながらも、どこか身体の底に響くような圧があった。


 彼は『医療魔術師』として人と接する機会が多いことから、普段は穏やかな人柄として知られている。その彼が、この声色を出すときは、何やら納得していない状況であることを意味していた。


「王太子殿下であるクラウス様との婚約を解消してきました」

 感情を押し殺した声で、ファンヌは淡々と説明を続ける。

「クラウス様は以前からアデラ様に想いを寄せていらっしゃいました。本日、クラウス様からアデラ様が子を授かったと報告を受けましたので、私は潔く身を引かせていただきました」


 ヘンリッキの眉間の皺が次第に深くなっていく。


「アデラ様というのは、アデラ・フロイド嬢のことか?」


 兄のハンネスの言葉に、ファンヌは「そうです」と答える。

 するとハンネスの顔も、みるみるうちに曇っていく。


「どうかされましたか。お兄様」


「いや……。アデラ嬢が、気分が優れないということで医務室を訪れて、だな」

 ハンネスの歯切れが悪い。


「私が、診察をしたのだが。どうやら彼女は妊娠しているようだった……。まさか、その相手がクラウス殿下だと?」


「そうです、そうなのです。ですが、お兄様が診察したのであれば、胎児の『魔力』を感じたのではないですか?」


『魔術』を使う人々には『魔力』が備わっている。医療魔術師となれば、この『魔力』を感じ、さらに『鑑定』することができる。医療魔術師の言葉を借りるのであれば、この『魔力』一人一人異なった性質や特徴を持つとのこと。それでも血の繋がりがある者同士の『魔力』には共通点があるらしい。

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