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リヴァス王国の製茶の工場は荒れていた。
怒号が飛び交い、悲鳴や嗚咽が響く。
茶葉が床に散乱していた。
そこから漂う、香ばしいお茶の香り。
「もう、辞めます」
髪を振り乱しながら一人の女性がそう言葉を口にし、黒いエプロンを脱ぎ捨てる。バシっと床にエプロンを叩きつけた。
「俺もこんなところ辞めてやる」
彼女に同調するかのように、白髪の男もエプロンを脱ぎ、丸めてぽいと投げつけた。
「お、お前たち。そんな勝手なことが許されると思っているのか」
男に投げつけられたエプロンを受け止めたのは、王太子のクラウスだ。
ファンヌがいなくなったため、クラウスは製茶の工場の管理者として手の空いている臣下に頼んでいた。その者に工場を取りまとめ、様子を確認するように頼んだだけで、クラウス自身は何もしていない。
だが、彼は父親である国王から工場の様子が荒れているため、「お前がなんとかしろ」と言われてしまった。だから今日、クラウスは初めてここに足を踏み入れたのだ。
つん、と鼻につくお茶の香り。そして耳に飛び込んできた作業員からの不満。
「疲れた」
「休ませろ」
「足が痛い」
名前だけの工場責任者が、作業員たちから詰め寄られているところだった。
製茶は立ち仕事であるため、作業者たちの身体にも負担がかかる。
ファンヌはそれを知っていて、定期的に休みを取るように指示をしていた。さらに、ファンヌ自身が調茶したお茶を振舞い、作業者たちを労わっていたのだ。
だがクラウスはそんなことは知らないし、ファンヌの代わりにここをまとめていた男も知らない。とにかく「仕事をしろ」の一点張り。だから、次第に作業者の不満と鬱憤が溜まっていく。
挙句、爆発した。
「ファンヌ様がいらっしゃれば……」
作業者の一人がそう漏らす。元婚約者の名に、クラウスは顔をしかめる。
ファンヌがいなくなっただけで、なぜこの工場はこんなにも荒れてしまったのか。
クラウスは知らない。彼女がどのようにこの工場を管理し、作業者たちを取りまとめていたのかなど。
もちろん、ファンヌの代わりにここにきた臣下も知らない。
だから彼らは作業者を事務的に扱った。
「や、辞めるのを止めろ。そうだ。給料をあげてやる」
クラウスが思いつく対策としてはそのあたりしかない。
工場で働いている者たちは、金が欲しくて働いているのだと、クラウスは思っている。ある種、それも間違いではない。
「クラウス殿下。世の中、金で解決できない問題もあるのですよ」
作業者たちの中で一番人望があり、一番年配の男がエプロンを脱いだ。綺麗に畳むと、それをクラウスに突き付ける。
「今までお世話になりました。ファンヌ様によってこちらの工場が整備され、我々も仕事にありつけましたが。それはファンヌ様がいらっしゃったからです。ファンヌ様がいらっしゃらない今、何もこんな思いをしてまでここで働きたいとは思わない」
「お、お前たち。金が欲しいんだろ。そうだ、給料を倍にしてやる。お前たちがきちんと働きさえすればな」
鼻をすする者、大きく息を吐く者。
クラウスの言葉を耳にした作業者たちの態度はさまざまだ。
だが共通することは、ここにいる作業者の誰もが、クラウスの言葉に魅力を感じていない、ということだけ。
一人、また一人、立ち去っていく。
「お前たち。ここを辞めてどうするんだ。金、金が必要だろう?」
クラウスにはわからない。金を求めて仕事をしているこの者たちが、なぜ辞めてしまうのか。給料も倍にすると、魅力的な金額を提示したにも関わらず。
「はい。ですからオグレン領に向かいます」
「オグレン領、だと?」
クラウスの言葉ににっこりと微笑んだ男は、静かに工場を去った。
いつの間にかその場に残されたのはクラウスと臣下の二人きり。茶葉の香ばしい匂いが立ち込める工場。だが、作業をする者は誰もいない。そのうち、この香ばしい匂いも異臭へと変わっていくのだろう。






