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食事を終えたファンヌとエルランドは、並んで屋敷へと戻る。
「ファンヌ。君は使用人たちで、『調茶』の効果を試そうとしているな?」
「あ。わかりました?」
「まあ、君のお茶は信用できるから、強く言うつもりはないが……。ただ、あまり変な『調茶』はしないでくれ……」
「変な『調茶』ってどんな『調茶』ですか? 私はいたって一般的な『調茶』しかしておりませんよ。もしかして、先生が変な『調薬』をしているんじゃないんですか?」
ファンヌはちょっと背伸びをして、エルランドの顔を下から覗き込んだ。
「変な『調薬』ってなんだ。オレは研究のための『調薬』しかしていない」
「研究のためにと言っておきながら『惚れ薬』とか?」
「そ、そんなものは『調薬』しない」
「冗談ですよ。私、先に戻りますね」
エルランドを揶揄ったファンヌは、駆け足で屋敷へと向かった。その背中を呆然と見つめていたエルランドであるが、惚れ薬を『調薬』できるのであれば、彼女にそれを使いたいという衝動にさえ襲われていた。だが、それは決して許されるべき行為ではないことを、わかっている。
ゆっくりと足を前に運び、彼女の幻影を追うように屋敷へと戻った。
エルランドの元から逃げ出すように部屋に戻ってきたファンヌだが、先ほど『調茶』した内容を忘れぬうちに帳面に記帳していた。
そもそもファンヌは閃き型の研究者であるため、ぱっとアイディアが空から降りてくるような感じなのだ。それをぱぱっと行動に移して『調茶』してしまう。だから、その内容を忘れてしまうことも過去に何度もあり、エルランドからはよく叱られていた。
その経験もあったため、すぐに思いついた内容を記帳することを覚えた。
だが、帳面を走る手の動きは鈍い。
(もしかして、私の知らないところで『惚れ薬』を飲まされたのかしら……)
昨日、エルランドと王宮に行き、戻ってきてからファンヌの心臓がおかしかった。エルランドを見るたびに、ちょっとだけドクンと苦しくなるのだ。
(でも、『惚れ薬』なんてものがあったら、今頃、大騒ぎよね。そもそも、人の気持ちを操るような薬は作れないのだから)
ファンヌは自身にそう言い聞かせることで、なんとか気持ちを落ち着かせ、帳面に文字を走らせる。
それが終わると立ち上がり、ここに持ってきたトランクの一つを開け、荷物の片づけを始めた。そして気付いた。衣類が足りない。そもそも現地調達をしようと思っていたのだ。ドレスやワンピースはこちらで準備をしてくれていたようだから、それは足りている。肝心の下着が足りていない。
こちらでのファンヌの当面の生活費用は、どうやらヘンリッキがエルランドに預けたようだ。そのようなことをエルランドが口にしていた。
だから、ファンヌは最小限のお金しか持っていない。
悩んだ挙句、カーラを呼ぶことにした。ベルを鳴らせばカーラが来るはずだったのに。






