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「薬草の香りがします。こちらの薬草は、回復の効果のあるものばかりですね」
ファンヌが口にすると、エルランドは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。つまり、彼は喜んでいるのだ。
「さすがファンヌだな。この距離でこの香りで薬草の種類を当ててしまうとは。ここで栽培されているのは、滋養強壮剤とか栄養剤の元になるものが多い」
「こちらの薬草を分けてもらうことはできますか?」
「ついてこい」
朝露に輝く薬草に視線を走らせながらも、ファンヌはエルランドの後をついていく。
「おはよう」
「おはようございます。エルランド様が調薬師としてこちらにお戻りになられるというのは、本当だったんですね。昔とお変わりなく、すぐにわかりました」
腰を折って、薬草を摘んでいた年配の女性が顔をあげた。
「悪いが、その薬草を少し分けてもらえるか?」
「エルランド様からそう言われたら、私どもはお断りできませんよ。どうぞ、好きなだけ持っていってください」
薬草摘みの女性はファンヌにも気付いたようで、ペコリと頭を下げた。
「オレの手伝いをしてくれることになったファンヌだ。これから薬草園にも顔を出すことになるだろうから、覚えておいてくれ」
「ファンヌ・オグレンです。よろしくお願いします。調茶を専門としています」
薬草摘みの女性は始終ニコニコとしながら、エルランドとファンヌのことを交互に見ていた。その視線から、嫌われていないことだけは感じ取ることができて、ファンヌはほっと胸を撫でおろした。
朝の散歩の時間だけで、薬草園を全部回るというのは土台無理な話である。屋敷から一番近い場所にあったごく一部の薬草だけを見て、二人は戻ってきた。
「先生。昨日の紅茶の茶葉を分けてもらうことはできますか?」
籠に入れた薬草を愛でながら、ファンヌはエルランドに尋ねた。
「ああ。問題ない。調茶するのか? オレも飲みたい」
「はい。では食後に」
ファンヌが答えるとエルランドは嬉しそうに目を細める。その些細な仕草が、なぜかファンヌの心にズキンと突き刺さる。
「どうかしたのか?」
「いえ、お腹が空きました。先生、きちんとご飯を食べましょうね」
ファンヌは自身でもわからぬ気持ちを誤魔化すかのように、お腹を手で押さえ、空腹であることを強調する。
「そうだな。朝から歩いたから、腹が減ったな。今日は天気もいいし、庭で食べるか?」
庭でご飯。屋敷の庭には、ファンヌの見たことのない薬草も栽培されている。『研究』に用いる薬草であるなら、なおさらのことだ。
「はい、是非。薬草を見ながら朝食をいただきたいです」
エルランドが口元を手で押さえながら、くくっと笑っていた。恐らくファンヌの答えが、彼が思った通りのものであったのだろう。心を読まれたファンヌは悔しそうに頬を膨らませた。
庭園のテラス部分には白くて丸いテーブルと椅子が置かれていた。そのテーブルの上に並べられていくパンとスープとサラダと果物と、様々な料理。
さわさわと爽やかな風が、二人の間を駆け抜けていく。ファンヌはエルランドの手の届く位置に座った。いや、座るしかなかった。何しろこの場所には椅子が二つしかなかったのだから。






