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瞼の向こう側を光によって叩かれ、ファンヌは目を開けた。
(そうか……。私、ベロテニアに来たんだ……)
どうやら昨日、雨戸を閉め忘れたようだ。カーテンの隙間を拭うように、朝日が部屋の奥に入り込んでいる。
カーテンをそっと避けて窓から外を眺めると、下に広がる薬草園が視界に入った。ところどころ、人が固まっているのは薬草を摘んでいるのだろう。一般的に、薬草は昼前の涼しい時間に摘まれる。日中の暑い時間に摘んだ薬草は長持ちしないと言われているためだ。
(朝食の時間まで、まだあるわ。少し、散歩してきてもいいかしら)
ファンヌは寝間着を脱いで、適当なワンピースに着替えた。若草色のワンピースになったのは、それが一番手前にあったからだ。
そっと部屋の扉を開け、廊下に出ようとするとぬぅっと目の前に人影が現れた。
「うわっ。おはようございます、先生。どうされたのですか?」
ファンヌの部屋の前に立っていたのはエルランドだった。
「ああ、おはよう。朝の散歩に誘いにきた。昨日、君を薬草園に案内できなかったから。この時間なら、薬草摘みの者もいるから、必要なものがあれば分けてもらえる」
眼鏡を押し上げながらエルランドは答えた。
「なるほど。やはり王宮管理の薬草園ですから、勝手に薬草持ち出すのは……。良くないですよね」
「この屋敷の庭にも薬草はある。オレが『研究』のために管理していたものだ。長く不在にしていたが、オレの師もそこを利用しているから、整備は行き届いている」
「うわぁ。どうしよう。どちらも魅力的なんですが」
王宮管理の薬草園と、この屋敷の薬草園。どちらを先に見ようかを、ファンヌは悩んでいる。
「薬草の数でいったら王宮管理だ。こちらは研究用だからな。種類としてはこちらの方が多い」
「う~ん」
ファンヌは悩んだ。悩んだ挙句、王宮管理の薬草園を案内してもらうことにした。薬草摘みが昼前にしかいないこと。珍しくはないけど一般的な薬草が手に入りそうなこと。この庭の薬草園はいつでも足を運ぶことができること。そういった理由からだ。
「散歩してくる。朝食の時間までには戻る」
エルランドがショーンに告げると、彼は満面の笑みで「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。
朝日が目に染みる。
「昨日はよく眠れたか?」
「はい。おかげさまで」
「そうか」
基本的にファンヌとエルランドの会話なんてそんなものだ。エルランドの言葉が圧倒的に少ない。だが相手がファンヌであればまだいい。他の研究生の場合、ファンヌが間に入らないと会話が成り立たないときもあった。よく研究生が逃げ出さなかったな、と今になってファンヌは思う。
「先生。王宮管理の薬草園で栽培された薬草は、どうするんですか?」
「『調薬』されて、市場に出回る」
『調薬師』と呼ばれる者には二種類の者がいる。『研究』を中心に行っている者と『調薬』と呼ばれる薬の調合を中心に行っている者。『調薬』は、世に出された薬の製法を元に調合する。つまり、既存の薬を作ること。『研究』は今までにない薬の製法を生み出すこと。
それは調茶の世界も変わりはなく、『調茶』も『調薬』と同じ意味で使用される。また『調茶』の場合、ただ単に茶葉と薬草を組み合わせる場合についても用いられる。
ファンヌはいつでも新しいお茶を作りたいと思っていた。お茶の場合、『製茶』という言葉が使われる場合もある。『製茶』は今ある製法で茶葉と薬草で大量にお茶を作り出すこと。リヴァス王国の工場で行っていたのがこの『製茶』だった。評判が良い効果のあるお茶を大量に工場で製茶して、売っていた。
ファンヌがいなくなった今、あの工場はどうしているだろうか。製茶の方法は工場で働く者たちにも教えてあるから、何も問題ないはずなのだが。
問題があるとしたら、あそこで働いている者たちだろう。長時間にわたる仕事をさせられるため、身体が痛むと口にする者もいた。そういった人たちに、ファンヌは特別に『調茶』したお茶を渡していた。日頃の感謝の気持ちを込め、その人にあったお茶を『調茶』する。
それがあの場で『研究』ができないファンヌにとっての心の拠り所でもあったのだ。






