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エルランドは寝台に横になると、今日一日の出来事を思い出していた。彼女を連れて母国へと戻ってきたのは良かったのだが、それからどうしたらいいかがわからなかった。
というのも、ファンヌはエルランドの『運命の番』と呼ばれる相手だったのだ。獣人の血を濃く継ぐエルランドは、一目彼女を見たときからその衝動に気付いた。そのときはお互いに子供だった。
彼女が大人になってから伝えようと思って八年。その間、彼女はリヴァス王国の王太子であるクラウスの婚約者となっていた。
エルランドは、自身の研究もある程度成果を出し、『番』を失った今、もうリヴァス王国にいる意味はなくなったと思っていた。だから、学校を辞めて自国へ戻ろうと準備をしていたのだ。
そのとき再び彼女が現れ、『王太子の婚約者を辞めました』と言い出した。これは『番』を手に入れるチャンスだと思いつつも、エルランドは自国へ戻ることを決めていたし、自国でもそれを受け入れるための準備をしていた。だからこそ彼女を誘ったのだ。
『オレと一緒に来ないか?』
一種の賭けであった。ここできっぱりと断られたら、彼女のことは忘れよう。すっぱりきっかり忘れよう。
だが、彼女の出した答えは「いきます」だった。
こうしてエルランドは『番』であるファンヌを連れてベロテニアと戻ってきたのだが、残念ながら彼女に『番』については伝えていなかった。言えなかった。
兄たちから『ぽんこつ』と言われても仕方ない。
だからといって、彼女を騙してここまで連れ帰ってきたわけではない。彼女の両親には許可を取ってあるし、彼女の両親はこのことを知っている。
ファンヌが「ベロテニアへ行きます」と宣言した次の日。
エルランドは早速彼女の両親と会った。昼前に約束を取り付けたら、その日の夕方に屋敷に来るようにと連絡があった。
逸る気持ちを抑えて、彼女が暮らしている屋敷へと向かった。そこでエルランドを待っていたのは彼女の両親と兄の三人であった。
ファンヌは今日、エルランドがここに来ることを知らないようで、部屋にこもっているとのことだった。さらに部屋の前で侍女が見張っているため、この場には来ないというのが、彼女の父親であるヘンリッキの話である。どうやら、彼女には聞かせたくない話のようだ。エルランドにとっても都合が良かった。
『ファンヌ嬢をベロテニア王国へ連れていく許可をいただきに参りました』
ヘンリッキは、観察するかのようにじっとエルランドを見つめていた。まるで値踏みをされている気分だった。この男は娘の相手に相応しいのかと、じっとりとした視線を感じた。
『キュロ教授は、父親に似ているとは言われませんか?』
ヘンリッキの表情が和らいだ。
『父を……。ご存知でしたか』
『私も仕事柄、様々な方とお会いしますから』
つまり、ヘンリッキはエルランドの真の身分を知っているのだ。
『キュロ教授でしたら、安心して娘を任せることができます。ところで、娘は教授の運命であると、そう考えてよろしいのでしょうか?』
さすが王宮医療魔術師なだけあり、頭の回転が早い。
『はい……。まだ、伝えておりませんが……』
『キュロ教授。あの娘は婚約を解消したばかり。今、その話をしても受け入れることは難しいと思います』
そう言葉を放ったのはファンヌの母親であるヒルマだった。さすが彼女の母親だなと、このときエルランドは思った。
『教授。兄の私が言うのはなんですが。とりあえず、ファンヌのことは『研究』で釣っておいてください。そうすれば、あとは時間が解決してくれると思います』
エルランドにとっては追い風だった。オグレン侯爵家の全てが、彼の背を押している。
『いやぁ。実は我々も本日、退職届を突き付けてきましてね。領地に戻ることにしました』
あっけらかんと報告するヘンリッキにエルランドは目を丸くした。
『そろそろ領地に戻らねばとは思っていたのですが。あのままファンヌだけを王都に残しておくのも不安で。彼女が結婚をして、しばらくしたら戻ろうと思っていたのですがね。まさかの婚約解消。これで私たちをここに縛り付けておく理由が無くなったわけです』
『どうせなら、陛下が戻ってくる前にさっさと戻ろうという話になりましてね』
ヒルマの微笑む姿は、ファンヌによく似ている。
『私たちの仕事はどこでもできますし、むしろ領民たちの役に立つのであれば、それこそ本望です。まだ父の元で教えていただきたいので、私も父についていくことにしたのです』
一見、妹と似ていないように見える兄のハンネスであるが、ふっと笑った瞬間はファンヌに似ているように見えた。
『そういうわけです、キュロ教授。どうか娘のことを頼みます』
彼らはエルランドに向かって深く頭を下げた。エルランドも「お預かりします」と答えた。
『あ。そうそう、キュロ教授。一つ、お願いしたいことがあるのですが……』
そう言って話を切り出したヒルマ。彼女のお願いしたいことを聞いたエルランドは、間違いなくヒルマはファンヌの母親であると、そう思った。






