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そのとき。
突然、扉が開け放たれ、王妃と同じ髪と目の色をした少女が姿を現した。
「遅くなって、申し訳ございません。エルお兄さまが番を連れて戻ってきたって本当?」
「エリッサ。大事な話の途中だ。まだ紹介も終わっていない。黙ってランドルフの隣に座りなさい」
だが、興奮して国王の話が耳に届いていないのか、エリッサと呼ばれた少女はファンヌの方に歩み寄ってきた。
「あなたが、エル兄さまの番の方? 私、エリッサ。よろしくね」
ファンヌの両手をとった彼女は、ぶんぶんとその手を振り回してから、席についた。
ファンヌの聞き慣れない言葉が彼女の口から飛び出していたため、エルランドに確認したかった。だが、彼は顔を赤らめているし、国王も王妃も難しい顔をしているし、少し離れた場所にいる王子たちは突然現れた少女を宥めているし。
ファンヌはどうしたらいいかがわからなかった。
「ファンヌ嬢。失礼した。まだこちらの紹介が終わっていなかったな」
国王はファンヌの困惑に気付いてくれたのだろう。穏やかな笑みを浮かべながら、この場にいるエルランドの関係者を紹介し始めた。
エルランドには兄が二人と妹が一人いるようだ。妹というのが、最後に現れた少女――エリッサで、年はファンヌよりも一つ下の十七。年齢も近いことと、先ほどの好意的な印象から、仲良くなれそうな気がしていた。少し暴走気味なところもあるようだが、それすら微笑ましいと思えてしまう。
エルランドの二人の兄は、王太子である第一王子がローランドで二十九歳、第二王子がランドルフで二十六歳と紹介された。どちらも既婚者であるとのこと。今はここにいないが、後で妃たちも紹介してもらえるらしい。
「あれ? 先生っておいくつですか?」
二人の兄の年齢を聞いて、ファンヌははたと思った。エルランドのことは三十近いと思っていたからだ。
「二十三だ」
「えっ……。老け顔……」
「何か、言ったか?」
「いえ。何でもありません」
そんなファンヌとエルランドのやり取りを国王と王妃、それから王子がにこやかに見つめている。
「エル兄さまがそのような顔をされたのを初めて見ましたわ。ファンヌさんが、エル兄さまの運命の番というのは、本当なのですね」
「エリッサ」
鋭い声が飛んだ。声の主は王妃だ。
「あ、先生。また、お茶を零していますよ」
エルランドも驚いたのだろう。ビクリと身体を震わせた瞬間、手にしていたカップからお茶を零してしまったようだ。カップを持つ手が紅茶で濡れている。慌ててファンヌがハンカチを取り出し、エルランドの手を拭いた。
「ところで、先ほどから『番』とか『運命の番』とか。聞き慣れない言葉があるのですが。どのような意味でしょうか?」
ファンヌが尋ねると、またエルランドの身体がピクっと震えた。
「もしかして、エル兄さま。ファンヌさんにお伝えしていないの? だから先ほど、私はお母さまに怒られたの?」
シンとした空気が漂う。ファンヌは紅茶を拭いたハンカチを丁寧に折りたたむと、またそれを仕舞った。だが、その間、誰も言葉を発しない。ファンヌの疑問に答えてくれそうな人を探すために、この場にいる人物の顔を確認すると、エリッサと目が合った。
「あの、エリッサ様。お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何かしら?」
「『番』とか『運命の番』とか。私には聞き慣れない言葉ですので、意味を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
この場にいる全員の視線が、エリッサに集まった。ファンヌは教えて欲しいという期待を込めて彼女を見つめているのだが、どうやら他の人物は「黙っていろ」と念じているようにも見えた。
「ファンヌ嬢。私の方から説明しても良いだろうか」
「はい……」
まさか国王から教えてもらえるとは思ってもいなかった。ファンヌとしては、わからないことを教えてくれるのであれば、誰でもいいというのが正直な思いである。
「本来であれば、エルランドの方からきちんと伝えるべきなのだが。誰に似たのかどうもこういった話には奥手でな」
「あなたではなくて?」
と、王妃の声が聞こえたような気がした。
「ん、んっ。とにかく、このベロテニア王国には、まだ獣人の血を継いでいる者たちが多く生活していることは、ご存知だろうか」
「はい。ですが、そちらの血はほとんど薄れているというお話は、先生から教えていただきました」
先ほどからファンヌがエルランドのことを「先生」と呼ぶたびに、視線がエルランドに集まることに、ファンヌは気づいていた。だが、彼のことを他にどう呼んだらいいかがわからない。
「そうだな。獣人の血はほぼほぼ薄れている。だが、王族だけは違っていて。まだその血が他よりも濃く受け継がれている」
ということは、ここにいる者たちも獣人の血を色濃く受け継いでいる者たちと解釈していいのだろうか。






