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2-(3)

「ファンヌ、紹介する。彼は執事のショーンだ。ショーン。こちらが、ファンヌ・オグレン。オレの教え子で共同研究者でもある」


「ファンヌ・オグレンです。お世話になります」


「ファンヌ。後で他の使用人も紹介する。先に、部屋に案内しよう」


「ファンヌ様には、三階の南側のお部屋を準備しておきました。坊ちゃんの隣のお部屋です」


 だが、三階の南向きの部屋に魅力を感じているファンヌには、ショーンの意味ありげな口調も気にはならないらしい。


「お荷物をお持ちします」


 エルランドが一つ、ショーンが一つ荷物を持ったら、ファンヌは手ぶらになってしまった。エントランスから三階に続く螺旋階段の手すりに触れながら、ゆっくりと上がっていく。


 ファンヌだって侯爵令嬢。リヴァス王国王太子の元婚約者。この屋敷がどれだけ手入れが行き届いていて、派手ではないけれど手の込んだ内装であることくらい、見ただけでなんとなくわかる。階段に敷き詰められている赤い絨毯も(ちり)一つ落ちていない。この手すりのバラスターもねじり型で、凝ったデザインだ。職人の腕の良さがよくわかる。


「こちらのお部屋になります」


 ショーンに案内された部屋は、とても日当たりがよかった。外側にある両開きの雨戸は開け放たれていて、外光を取り込み、シナモン色の床を温かく照らしていた。寝台も広く、淡いコスモス色のソファもある。


「うわぁ。素敵なお部屋……」


 それはファンヌの心からの声であった。


「気に入ってもらえてよかったよ。隣がオレの部屋だから、何かあれば声をかけてくれ」


「ところで、先生。あの扉はなんですか?」

 ファンヌは部屋の内扉に気が付いた。廊下に通じる扉とは違う、部屋の中にある扉。もしかして、隠し部屋だろうか。


「オレの部屋と通じている……」


「えっ。えぇええええ!」


「坊ちゃん……。大事なことはきちんと伝えましょうね」


 ショーンの嘆きが聞こえてきたような気がするが、ファンヌはそれどころではない。


「先生。あの扉、鍵はかかりますか?」


「かからない」


「では、あの扉の前に……。あのテーブルを移動させても良いでしょうか」


「君が好きなように」


「ショーンさん。申し訳ありませんが、あのテーブルをそちらに運んでいただいてもよろしいでしょうか?」


「承知しました」

 と答える彼の口調は明るいのだが、目線はしっかりとエルランドを捉えていた。それに気付いた彼は、わざとらしく視線を逸らしている。


「ファンヌ。荷物を置いたら、お茶にしようか。屋敷内を案内したい」


「そうですね。これほど広いお屋敷ですから、早く覚えないと迷子になりそうです」


「ファンヌ様。もし迷われた時は、我々にお声がけください」

 ショーンがファンヌに対して好意的であることが、慣れない土地で不安を抱えている彼女の心を軽くした。


「ファンヌ。着替えるか? 手伝いが必要なら侍女を呼ぶ。紹介もしなければならないし」


「いえ。特に着替えたいとは思っていないのですが。このままの格好ではよろしくないのでしょうか?」

 ファンヌはいつものシャツとトラウザーズという姿だ。


「坊ちゃん。きちんと言葉にしないと伝わらないことだってあります」


「わかった……」

 とエルランドが呟いた。

「ファンヌ。申し訳ないがこの後、紹介したい人がいる」


「え、と。こちらの方たちではなくて?」


「違う。オレの家族だ。ここではないところにいるから、着替えて欲しい」


「え、薬草園は?」


「その後だ。むしろ明日だ」


「え、えぇええ。楽しみにしていたのに……」

 ファンヌが悲しみの声をあげると、またショーンから「坊ちゃん……」と呟きが聞こえてきた。


「ファンヌ様。お着替えはこちらで準備させていただきました」

 クローゼットを開けると、普段使いのワンピースとドレスがいくつか並んでいた。どのデザインも明るく柔らかい中間色のもので、控えめなものが多い。派手ではないが、それでも良質な布地を用いられていることくらい、ファンヌにだってわかる。


「では、今。侍女を呼んでくる。着替えが終わったらサロンでお茶にしよう」


「薬草園……」


「明日、案内してやるから、今日は我慢してくれ」


「薬草園……」

 ファンヌの悲そう感漂う呟きを背に受けたエルランドは、ショーンと共に部屋を出ていった。

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お読みいただきありがとうございます。
ピッコマノベルズ連載中のこちらもよろしくお願いします。

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