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突然、視界に広がる世界が変わった。
先ほどまでは学校の屋上にいたはずなのに、目の前に広がるのは緑色が八割を占める薬草園。太陽の日差しは柔らかく、薬草たちを眩しく照らしている。
「うわぁ。ここがベロテニアなのですね。転移魔法を体験したのも初めてです。って、転移魔法って、簡単に使えるものじゃないですよね。高等魔術ですよね。先生って何者なんですか?」
ファンヌが隣にいるエルランドを見上げて尋ねると、彼は風によって弄ばれる前髪を押さえながら、ふっと笑っただけだった。
「それよりも、これが国で管理している薬草園だ」
「転移先がいきなり薬草園っていうのも……。先生って、私のことをよくわかっていらっしゃるのですね。ですが、荷物、どうしましょう?」
今からでもすぐにこの薬草園を見て回りたい、そんな気持ちが溢れてくるファンヌの口調である。だが、荷物が邪魔だった。
ファンヌの荷物はトランク二つ分。そのうちの一つは研究に必要な書籍や道具類が入っている。もう一つのトランクが、必要最小限の着替えだ。それ以外のものは現地調達をしようと思っていた。
「オレの屋敷はすぐそこだから。まずはそこに向かう」
エルランドが指を差したすぐそこには、クリーム色の建物が並び、その奥には王宮のような建物が見えた。
「もしかしてこちらの薬草園は、王宮管理の場所ですか?」
「そうだ。ベロテニアは薬草と茶葉の生育に力を入れている。だから、王宮としてもこれだけの薬草園を管理している。あっちの方で栽培しているのが茶葉だな」
ファンヌの顔が輝いて見えるのは、けして太陽の光を浴びているからではない。この薬草園を見て興奮している様子が、表情に出ているだけ。
「先生。早く荷物を預けて、薬草園を案内してください。一日で回りきれますか?」
「それは君次第だろうな」
エルランドはファンヌの荷物のうちの一つ、研究に必要な物が入れられている重い方のトランクを手にした。
「ほら。行くぞ」
黒い髪をさわさわと揺らしながらエルランドが歩き始めたため、ファンヌもその後ろをひょこひょことついていく。
(どう見ても、王宮の方に向かって歩いているわ……)
手前のクリーム色の建物には目もくれず、一番奥にある王宮に向かってエルランドは歩いていく。すれ違う人も、なぜか彼に頭を下げる。
(先生って、何者?)
じっとエルランドを見つめるが、彼はファンヌの視線に気付いていない様子。ただ、王宮に向かってすたすたと歩いていく。
「ただいま戻った」
結局、エルランドが向かった先は、王宮ではなかった。王宮の周囲は川に囲まれているが、その川を挟んで向かい側の敷地にある、白い化粧漆喰の壁に、キャラメル色のドームがある建物の方。扉を開け、エントランスへ入るとすぐに声をかけられた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
ファンヌがぎょっと目を見開いたのは、エルランドが『坊ちゃん』と呼ばれたためだ。エルランドを見上げると、彼はかっと頬を赤く染め上げていた。
「坊ちゃん。こちらのお嬢様が、奥様になられる方ですか?」
「え? えぇええ?!」
ファンヌが驚きの声をあげると、出迎えてくれた老紳士が悲しそうに目を細めた。
「坊ちゃん……」
「す、すまない。まだ、彼女には何も伝えていないのだ」
「相変わらずでございますね」
彼らの会話の意味はファンヌにはわからない。
だが、エルランドがこの屋敷の『坊ちゃん』に間違いはないようだ。






