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 昼中、エリザベスは未だ微睡みの中にいた。

 あれから部屋に戻ってすぐに寝台にぶっ倒れると、風呂へも入らず服も着替えずに、そのまま眠りに落ちた。ニコラがご丁寧に『今後お前の部屋に赴くことはない』と宣言してくれたお陰で、遠慮なく爆睡できたようだ。

 エリザベスが好きなだけ惰眠を貪っていると、何やら廊下の方から、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。その音に何となく嫌な予感がしたエリザベスは、掛布を頭の先まで目一杯被って、聞こえないフリをする。

 すると突然部屋の扉が勢い良く開き、息を切らしたアンがエリザベスの許までやって来る。

「殿下!! 大変なんです! 起きてくだい!」

 エリザベスは重たい動作で、もそもそと半身を起こす。どうやら予感が当たったらしい。

「どうしたのよ、アン。私まだ昨日の疲れが残ってるから、出来ればもう少し――」

「そんなこと言ってる場合じゃありませんよっ。殿下付きになったメイドが、出仕拒否してるんです!!」

 そうきたか、とエリザベスは溜息をつく。昨日は色々とあったが、予想していたよりもずっと平穏な一日を過ごすことが出来た。この調子でこの先も上手くやっていけるかもしれない、と高を括っていたのだが――考えが甘かったようだ。

「――そう。また、面倒なことになったわね。で、理由は? 彼女達は何故私の側仕えをしたくないと?」

「それが……。どうやら昨晩、国王陛下の御渡りがなかったことと関係しているみたいで……」

「――なるほどね」

 と、エリザベスは全てを悟ったように呟く。

 そもそも、この国におけるエリザベスの最も重要な役割は、王の世継ぎを生むことだ。何の後ろ盾もないエリザベスにとっても、ニコラを味方につけ、世継ぎを生むことが唯一この国で上手くやっていく方法だった。しかし、ニコラには既に寵愛する娘がおり、エリザベスとの間に子を儲けるつもりはないと言っている。交換条件として、ニコラはできる限りエリザベスの希望を叶えると言っていた。しかし事情を知らない者からすれば、エリザベスは後ろ盾もなく国王にも見捨てられ、おまけに初夜まですっぽかされた、妃とは名ばかりの存在。加えて、元敵国の姫君だ。

 なのでメイド達は、エリザベスが妃としては不充分な存在であり、仕えるに値しないと判断したのだろう。


「今すぐ、国王陛下に進言しましょう!! こんな暴挙が許されていい筈ありません!」

「それは駄目よ。そんなことをしても意味がないもの」

 アンは不可解な表情を浮べる。

「ど、どうしてですか!? このまま何もしなければ、ますます、メイドがつけあがります!」

「そうかもしれないわね。でも考えてもみて? 確かに陛下に進言すれば、この問題は表面上は解決するわ。いくらなんでも国王の命令に背くことはしないでしょうからね。だけど、彼女達の心まで操ることは出来ないわ。内心では私に嫌悪や恨みを抱えたまま、服を着せたり、部屋を掃除するの。そういうのは放って置くと厄介だわ。だっていつ私を裏切るか分からないでしょう。距離が近い分、毒を盛ることも、暗殺を企てることも容易くなる。私の方も、そんな恐怖に怯えながら日々を過ごしたくはないの。私の側に仕える者は、私が信用したいと思える人でないと駄目なのよ」

「…………」

「だから別の方法を探しましょう。暫くは貴方に苦労をかけてしまうことになるけれど……」

「――私、浅はかでした。殿下の侍女失格です……」

 アンはしゅんと肩を落とし俯く。

 するとエリザベスは掛布を除けて、寝台の縁に腰掛け、気遣わしげにアンの顔を覗き込む。

「そんなことないわ。貴方は私にとって一番信用出来る大切な友人よ。貴方は危険だとしりながら、ここまで私に着いてきてくれた。本当は、それだけで充分なの」

「殿下……」

「本当よ? 貴方がいなかったら、私今頃途方に暮れているわ」

「――私には、勿体ないお言葉です」

「ふふっ。貴方も頑固者よね。――暫くは私の世話を貴方一人に任せることになるわ。苦労をかけるわね……」

「私、殿下にお仕えすることを、苦労だと捉えたことなんて只の一度もありません!」

「ありがとう、アン。でも、無理はしないでね。誰かに虐められたらすぐ私に言うのよ? その時は私の魔法でこてんぱんにしてやるから!」

 エリザベスが片目を閉じると、アンはそれに答えるように微笑み返す。


 それからエリザベスは、風呂に入り、アンに手伝ってもらいながら着替えを始める。今日のドレスの色は、オレンジ色。エリザベスの赤みがかった茶色い髪によく似合う色だ。

 着替え終えると、化粧台の前に腰掛け、アンに髪を結ってもらう。今日はハーフアップにしてもらった。

 丁度準備が完了したところで、部屋の扉を叩く音が聞こえる。

 やってきたのは、初日に挨拶を交わした従者のオレールだった。今日はオレールに宮廷を案内してもらうことになっている。

「殿下、お迎えにあがりました」

「待っていたわ。では、行きましょうか」

 そう言うと、エリザベスはアンを残し、部屋をあとにした。

 エリザベスはオレールと共に、アーチ型の大きな窓が並ぶ廊下を歩く。その窓からは、昼の強い日差しがさんさんと差し込んでいる。

「妃殿下、お部屋の方は気に入って頂けましたか」 

「ええ、とっても」

「それは何よりです。お料理はお口にあいましたでしょうか。苦手な物などありましたら、何なりとお申し付け下さい」

「ありがとう。だけど、どれもとても美味しかったわ。特に鴨のローストは絶品ね」

「気に入って頂けたなら良かったです。料理長に伝えておきます」

「お願いね」

「あと、何かお困りのことはございませんか」

 エリザベスは数拍沈黙する。

 困ったことなら、ある。しかも現在進行系で。

 エリザベスは辺りを見回す。その視界には、廊下を清掃する召使いの姿が数人映る。彼女らは先程から、ちらちらとこちらに視線を遣り、何事か噂話をしている。

 その原因は、既に先程アンから聞かされたので承知している。この状況を何とかしたいという気持ちはあるが、これは自分の力で解決せねば意味がないことだ。

 エリザベスは本音をぐっと堪えて、喉の奥に押し込む。

「いいえ。今のところは何も」

 オレールはほんの一瞬、口角を上げる。

「――承知しました。何かありましたら、いつでもお申し付け下さい」

「ありがとう」

「それと我が国では宮殿内外に問わず、国王の許可なく魔法を行使することが禁じられております。見つかれば処罰の対象となりますので、ご注意下さい」

「まあ。そんな決まりがあるなんて知らなかったわ。私の国では魔法は生活の一部だったわ。禁止してしまったらさぞ不便でしょうに……」

「そうでもありません。メンシス王国と違い、我が国の魔法使いの人口はそれほど多くありません。数字に換算すると、総人口の約二%。我が国にとって魔法使いは希少な存在なのです。故に、魔法の力は主に軍事に利用されます。それ以外に利用されることは滅多にありません」

「たったの二%!? 魔法使いの人口が少ないことは知っていたけれど、そこまでは知らなかったわ……。因みに、その処罰の内容というのは?」

「動機にもよりますが、基本は両腕切断です」

 エリザベスはゴクリと喉を鳴らす。

 どうやらこの国で魔法を使う時は、向こう一生涯、魔法が使えなくなることを覚悟せねばならないらしい。

 エリザベスが暫く沈黙していると、隣を歩くオレールがエリザベスの顔を覗き込む。

「どうかなさいましたか?」

「い、いえ。何でもないわ!――さっ、次はどこに案内して下さるのかしらっ」

 そうして他にも、ヘリオス王国の文化や風習などについての話を聞きながら、オレールと共に宮殿内を回る。昨日結婚式で訪れた王室礼拝堂や、玉座の間、図書室や食堂など、一通り回ったところで、オレールがピタリと足を止める。

「こちらは、肖像画の間です」

 オレールを先頭に、エリザベスは室内へと足を踏み入れる。

 そこは、豪奢なシャンデリアが垂れ下がる煌びやかな一室だった。部屋を支える大理石の支柱の間には、いくつも肖像画が飾ってある。

 そのまま部屋の奥へと足を進めようとしたその時、遠くの方に二人の人影が見えた。肖像画をじっくりと眺めたい気持ちもあったが、一先ずそちらへ行ってみることにした。すると、そこにはニコラとメイドの姿があった。

 メイドはニコラの足元に跪き、床に額を擦りつけて体を震わせている。その頭の先には、亀裂の入った一枚の絵画が二人の間を遮るように横たわっている。

 ニコラは、そのメイドの姿を冷ややかな視線で見下ろしている。

 その只ならぬ空気を纏うニコラを前に、エリザベスの背筋に悪寒が走る。

 すると、エリザベスより少し遅れてオレールがやって来る。それから床に横たわる絵画を見つけると、表情が一気に険しくなる。

「――これは一体……」

 オレールは、ニコラとメイドを交互に見る。

 すると黙っていたニコラが、徐に口を開く。

 「オレールか、丁度いいところに来た。――今すぐこの女の首を切り落とせ」

 メイドは泣きはらした顔で「どうか、どうかそれだけは!!」と必死に許しを請う。

 その様子を見兼ねたエリザベスが、慌てて口を開く。

「ちょっとお待ち下さい陛下!! まず、訳を話してください! こうなった経緯を教えて下さい!」

 ニコラは、ちらと冷たい視線をエリザベスに向ける。

「部外者は黙っていろ。お前には関係ない」

「なっ!?――」

 エリザベスは言葉を詰まらせる。確かに自分は部外者だ。しかし、居合わせた以上、この状況は見過ごせない。

 するとその様子を黙って見ていたオレールが口を開く。

「陛下。私も突然のことで状況が把握出来ておりません。切り落とす前に、経緯をお伺いしたいと存じます」

「経緯だと? お前は馬鹿じゃない。王族の肖像画に傷を付ける行為は国家反逆罪に相当する重罪だ。経緯などそもそも関係ない」

「はい、承知しております。ですからこれは私の個人的な興味です」

 ニコラはオレールの瞳を探るように見る。

「ほう。いいだろう。――訳はそこのメイドに直接聞け」

 ニコラから許しが出たので、エリザベスはメイドに話を聞いた。

 その話によると、彼女がこの部屋を掃除していた際、絵画の埃を取るために額縁に手をかけた。しかし、その拍子にうっかり手から落としてしまい、硬い大理石の床に落ちた衝撃で、絵画に亀裂が入ってしまった。ニコラがここに訪れたのはその直後らしい。 

 話を聞き終えたエリザベスは、メイドを背に隠すようにしてニコラの正面に立つ。

「陛下。これは事故です。斬首刑は重過ぎます」

「お前の耳は節穴か? 経緯は関係ないと言った筈だ」

「理由や経緯を考慮しないなんて馬鹿げています。絵画の破損部は見たところ修復可能です。謹慎処分で充分です!」

「はっ。お前は王にでもなったつもりか? だいたい、そこのメイドが故意に傷付けていないと何故言い切れる? 命欲しさに嘘を付いている可能性もある」

「確かに、その通りです。ですが、それを言うなら事故である可能性も否定出来ません」

「つまり経緯など意味をなさない。目撃者のいないこの状況ではな」

「だから罰すると!? それは、暴論です! とにかく、考え直して下さい!!」

「聞けぬ。そこのメイドが絵画を傷付けた事実は動かん。そこを退けッ」

 ニコラはエリザベスの肩を掴んで横になぎ倒す。しかし、エリザベスは瞬時に起き上がって再びメイドを背に庇う。

「退けと言ったのが聞こえなかったか?」

 ニコラはエリザベスを睨む。

 エリザベスの方も負けじとニコラを睨み返す。

「ええ、全く。さっきご自分で仰っていたじゃありませんか。私の耳は“節穴”だと」

 二人は暫く無言で睨み合う。――先に静寂を破ったのはニコラの方だった。

「良いだろう。そこまで言うなら、お前の願い通り謹慎処分で手を打ってやる」

 その答えに、エリザベスの張り詰めていた顔の筋肉が僅かに緩む。

「本当ですか!! ありがどうござ――」

「但し! お前がメイドの変わりに罰を受けろ」

 案外あっさり引き下がったと思ったが、やはりそうではなかったらしい。再びエリザベスの表情が曇る。

「分かりました。――で? その罰の内容は?」

「今日から七日間、牢獄で生活してもらう。言っておくが、王族だからといって特別扱いはしない。一般の囚人と同様に扱うから覚悟しておけ。因みに、そこのメイドは、余がお前にやったメイドだ。――それでも罰を受けるか?」

 エリザベスは瞠目する。

(まさか、今朝話していたメイドが彼女だったとは……)

 一方エリザベスの背後で、二人のやり取りを聞いていたメイドは、青い顔を更に青くして、ぷるぷると震えている。

「断るなら今だぞ?」

 ニコラは挑戦的な視線をエリザベスに向ける。

 しかしエリザベスは怯まない。ニコラの瞳をしっかりと見据えたまま、口角を上げる。

「誰が断るものですか。その挑戦、受けて立ちますわ!」

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