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 昼頃――大勢の人々が行き交う活気のある街中を、花嫁行列の一行が通る。


「殿下。ここを抜けたらいよいよアルベール宮殿ですね」

「そのようね。ほんとうに長い道程だったわ」

「長旅お疲れさまでした。予想はしてましたけど、あまり歓迎ムードではなさそうですね」

 女は馬車の車窓を次々と流れる街の様子を観察しながら、浮かない表情をうかべる。

「まあ仕方ないわね。ヘリオス王国と我が国はついこの間まで、敵対関係にあったのだから」

 そう侍女に返事をする少女の名は、エリザベス・デューター。ここ、ヘリオス王国の南西部に隣接する、メンシス王国の第二王女だ。彼女は、この国の国王に輿入れする為に、約一月の道程を経てここまでやって来た。

 両国は実に七年にも及ぶ領有権を巡った争いを繰り広げてきたのだが、つい一年程前に和睦が成立した。その際、エリザベスが友好の証として輿入れする事が決まり、今に至る。

「――ですね。上手くやっていけるといいんですが……」

「まあ、何とかなるわよ。それよりも、アンがそんなに浮かない顔をしていたら、私まで悲しくなってくるわ。――さっ、笑ってみせて?」

 エリザベスは向かいに座るアンの両手を掬い上げ、にっこりと微笑みかける。

「殿下……。すみません、今一番お辛いのは殿下の方なのに……」

 アンは沈んだ顔で俯く。

「貴方が思っている程、落ち込んじゃいないわ。それに物事はなるようにしかならないものよ。こういう時こそ、どんと構えた姿勢でいることが大切だわ!」

 エリザベスは胸を張る。

「――流石です殿下……!! 私も殿下を見習ってくよくよするのはやめにします!」

「その意気よ、アン」

「はい! 何があっても私が殿下をお支えしますから!!」

 アンはエリザベスに握られていた手を強く握り返す。するとエリザベスは「ありがとう」と言いながらにっこりと微笑む。

「――それはそうと、ヘリオスの国王陛下ってどんな方なんでしょうね」

 エリザベスは顎に指をやり、思案顔になる。

「父は彼の事を、褒めていたわね。十代の若造とは思えぬほどの威厳と、風格を兼ね備えた天性の治政者だとかなんとか……」

「べた褒めじゃないですか! お父上がそうおっしゃるなら、きっと素晴らしいお方に違いないですね!!」

「まあ、そうだといいのだけれど……」

「何か心配事でもあるんですか」

「――……いえ。何でもないわ。ここでいくら考えたって仕方のないことだもの」

 そのすっきりしない返答に、アンが多少の引っ掛かりを感じていると、馬の嘶きと共に馬車が止まった。

 宮殿に到着したエリザベスは、衛兵の案内で玉座の間に辿りつた。

 そこは、そこかしこに豪奢な金の装飾が施された美しい一室だった。足元を通る赤い天鵞絨の絨毯は、部屋の奥にある玉座の辺りまで続いている。

 エリザベスはそこに鎮座する人影を認めると、すっと跪き頭を垂れる。

「偉大なる国王陛下。ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」

「――面を上げよ」

 その言葉を合図に、エアリザべスはゆっくりと顔を上げる。その視界に映った男は、少しくせ毛の漆黒の髪に、深緑色の瞳を持つ美丈夫だった。すると突然、男は玉座から立ち上がり、スタスタとエリザベスの目の前までやって来る。次いで顎に手をやり、ぐるぐると彼女の周囲を回って品定めするように全身を見る。

「――ふん。まあ、悪くはないな。美人といえる程でもないが」

(……は? 今この男、なんと――)

 エリザベスの思考が一瞬停止する。

「あーいや。こっちの話だ。それより、お前に一つ言っておきたいことがある」

 遠路ここまでやって来た自分に、労いの言葉を掛けるでもなく、いきなり自分の要求を突きつけるつもりらしい。エリザベスは、ふつふつとこみ上げる怒りの感情をぐっと堪えて、ぎこちない笑みを作る。

「……はい。何でございましょう」

「余には既に愛する娘がいる。お前が余に懸想するのは勝手だが、余がお前を愛する日は永遠に来ないと思え」

 その無礼を通り越した衝撃の言葉に、エリザベスは口を半開きにして呆然とその場に立ち尽くす。今度こそ完全に思考が停止した。

 一方国王はその姿をどう捉えたのか、困った表情で口を開く。

「――余は罪な男だな……。そう嘆くな。愛は与えてやれぬが、ここでの暮らしで不満な点があれば可能な限り配慮する。オレール、ここへ――」

 すると、丸眼鏡をかけたつり目の男がエリザベスの真横に並ぶ。

「それは、余の側近だ。分からないことがあればその男に聞け」

「お初にお目にかかります、王女殿下。何かありましたら何なりと、このオレールにお申し付け下さい」

 そう言ってお辞儀をしたオレールに、エリザベスは頭が追い付かないながらも、何とか「ありがとう」と返事をする。

 するとそのやり取りを見届けた国王は、満足げにこく、と頷く。

「では、余は忙しいのでこれで失礼させてもらう」

 国王はそれだけを言い残し、白いマントを翻して、颯爽と立ち去って行った。






「あの男は何なのッ!? あんな無礼な態度が許されていいの!?」

 エリザベスは、オレールに宛がわれた部屋で、先程の鬱憤をぶちまけていた。

「許される筈ありませんよッ!! 本ッ当に、信じられません!! 殿下の容姿にケチをつけるばかりか、その上ッ……。愛する女性がいる、なんて……。何考えてんですかね、あのクソ王は!?」

 アンは手に持ったティーポットをガシャンッと蓋が跳ねる勢いでテーブルに置く。

 エリザベスは、その音にビクッと体を震わせる。アンとは長い付き合いになるが、ここまで怒りを露わにした姿を見るのは初めてだった。しかし、アンが全身全霊で怒ってくれたお陰で、自分の怒りは少し収まった。それからエリザベスは、アンが入れてくれたお茶に手を伸ばす。

「ありがとう、私のために怒ってくれて。――だけどこれじゃあ先が思いやられるわね……」

 エリザベスは紅茶を一口飲むと、溜息を零す。

「そうですね……。もういっそのこと逃げちゃいませんか? 殿下の魔法ならこんな宮殿抜け出すくらい訳無いですよね!」

 アンは「そうですよ! そうしましょう!!」と、生き生きとした表情でエリザエスを見る。

「そうしたいのは、やまやまだけれど……。そう言う訳にもいかないわ。私がここから逃げ出せば、せっかく良好になった両国の関係に亀裂が入ってしまうもの……」

 エリザベスは、目を伏せて過去に思いを巡らせる。

 その脳裏に過るのは、まだヘリオスとの激戦が繰り広げられていた、前線基地に訪れた時の記憶。

 辺りを漂う、屍と馬糞が混ざり合った、鼻がもげるような悪臭。荷車で運ばれる泥と血にまみれた大量の兵士の死体。片腕を失い呆然自失の状態で地面に座る者。首のない友の死体にしがみ付き、咽び泣く者――……。その地獄を体現したかのような光景を前に、下ろし立ての綺麗なドレスでこの地に降り立った自分の事が堪らなく恥ずかしくなった。兄に無理を言ってこの慰問に同行させてもらったのに、いざ彼らを目の前にすると、ただ言葉がぐるぐると頭を巡るだけで声にはならなかった。その時はっきりと悟った。苦悩と絶望の何たるかを知らない、自分の薄っぺらな言葉など、彼らに届くはずがないと。――その日、エリザベスは結局何も出来ずに帰路に就いた。後にも先にも、これ程自らの無力を呪った日はない。だから、この国へ輿入れすることが決まった時も、ただ自分の運命を静かに受け入れた。これが王女として、自分が国の為に出来る最良の事だと判断したから。


「殿下……」

 気遣わし気なアンの呼び声に、エリザベスははっと我に返る。

「――何でもないの。気にしないで!」

 するとアンは諦めたように溜息を零す。

「分かりました。殿下がそう仰るなら、これ以上は何も言いません。でも、無理はしないでくださいね!」

「ありがとう、アン。――だけど、これであの手紙の書き手が、二コラ様……いえ、あのクソ男でないことがはっきりしたわね」

「手紙って――……。婚約期間中にやり取りしていたあれのことですか」

「そうよ。初めから嫌な予感はしていたのよね。当たり障りのない文面だけれど、中身がないというか、心を感じないというか……。誰かに代筆させているのがバレバレなのよね」

「なるほど。さっきの歯切れの悪い返事は、その事が原因だったんですね。――本当に最悪ですねあの男」

「そうね。でも、現状を嘆いているだけでは何も変わらないわ。初めから政略結婚に愛のある生活なんて期待しちゃあいないもの! これからの私の目標は、この地で平穏な宮廷ライフを満喫することよ!!」

 エリザベスは、ガタンと椅子から立ち上がり、拳を掲げる。その決意の籠った拳を、アンは両手でぎゅっと包み込む。

「いいですね、その目標! 私も全力でお手伝いします!!」

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