303 ポメポメ攻撃
降り積もる雪は私を不安にさせる。
「まだ戻ってこない……それにこの雪。お父様に何かあったんじゃないかって思わせるくらい、怖い……」
「どっちかっていうと、雪が降らなくなったらフランツ・フィーバスの命が尽きたって考えるほうが普通なんじゃないっすか?」
「あまり、そういうこと言わないで。私はすごく心配しているの」
「心配なのもわかるっすけど、ここから出るほうが危険っすよ」
窓はキンキンに冷えていて、触れるだけでも凍傷になってしまいそうだった。そして、真っ白くふぶいている外は全く景色が見えなかった。同じ城が映るだけで、前が見えない。個の中彼らは戦っていると思うと、私は落ち着かずにはいられなかった。
ベルはどこからか取り出したホットミルクとクッキーを法張りながら行儀悪くおいしい、なんてのんきなことを言っていたが、私はそんな食べ物を食べるような余裕などなかった。
(アルベド、フィーバス卿……)
ノチェも、アウローラも言っているはずだ。しかし、帰ってこないのだ。先ほどよりも雪はひどくふっているし、このままでは帰ってくるのもやっとなんじゃないかと思う。
肉塊の中にまだいるとするのなら、それもそれで危険だと思った。いくら、肉塊の中で流れる時間というのが通常とは違うといってもここまで長いこといると彼らの精神面も不安になってくる。
何もできないからここで待つしかないのはわかっている。しかし、状況を確認することもできない今、不安で胸がいっぱいになってくるのだ。
「ベル。状況を把握できる鏡みたいなもの出せないの?」
「そんな俺が万能だと思って~できるっすけど、それ見たら、ステラちゃん正気じゃいられなくなるんじゃないっすか?」
「どんな状況になっているか知っているの?だったら教えて」
「大丈夫だって信じてあげたほうがいいっすよ。それに、ステラちゃんがいったところで何もできないのは、もう痛いくらいにわかっているでしょう。俺はいつだって今のステラちゃんを眠らせることができるんすよ?でもそれをしないのは、ステラちゃんに乱暴したくないからっす」
「……」
ベルの気遣いをわかっていないわけではなかった。彼も彼で私が心配していることをわかって、同じように苦しんでいるのではないかと。彼にとって、フィーバス卿やアルベドは別に好きでも何でもない存在であり、守るべき存在ではない。フィーバス卿に関しては最も関わっていない人物でもあった。
ベルもお人よしじゃないので、私のことだけ幸せにできればいいと思っている。
何度も、手からすり抜けるものをどうにかしようとするくらいなら、取捨選択をしろと言われているのに、それもやはりできていない。自分の強欲さが嫌になる。
それでも、自分と向き合って、付き合っていくんだと決めている手前、そういう言い訳は言わないようにしたいと思った。
「ベルの気遣いは感謝してる。それでも、助けにいけないのだとしても、見せてほしい」
「えーいやっす!さすがにねだられそうなんで嫌っすよ!」
「そこを何とか!」
「何ともならないっす!」
と、ベルはワーギャー言って私から離れた。それはまるで猫のようにシャーと。
だが、アルベドたちの状況を把握できるものがあるとするのならそれを出してほしいと思ってしまったのだ。そんな、画期的な、外の様子を覗き見れるものがあるなんて驚きだったが、ベルならそういうものを出せそうだと思ってしまったのだ。
だが、さすがのベルもかたくなに私の要望を聞き入れてくなかった。それは、彼が言う通り、私がそれを見てしまった場合、生きたくて仕方なくなるからだろう。自分には今その力がないというのに、助けることすらできないというのに。それを見て悲観的になっては、悲しくて仕方なくなって、また自分を宣るという負のループに陥ってしまうのではないかとベルは考えているからだろう。全く持ってその通りで、私はベルの言うことを聞き入れようとも思った。だが、何もしていられないのが耐えられなかった。
どにか、ベルに気持ちだけでもと思っていると、ふいに部屋の扉が開いてキャンキャンと聞きなれた犬の声が耳に響いた。
「ルーチャット?」
「い、犬っすか!?」
部屋に入ってきたのは、最近見かけなかったルーチャットだった。もふもふと柔らかそうな黄金の毛をなびかせてこちらに向かって走ってくる。
ベルが誰も入れないようにと、結界を張ってくれているはずなのに、ルーチャットはいともたやすく、しかも、自分の力で扉を開けて入ってきたのだ。それには、私も驚きを隠せなかったし、ベルなんかは、犬が嫌いなのかそれとも、いきなり入ってきたから驚いたのか尋常じゃないほど飛び跳ねていた。
「べ、ベル、犬嫌いなの?」
「犬が嫌いかどうかじゃないっす。ほんと、この犬どうやって入ってきたんすか」
やはり、気になったのはルーチャットがどうやって入ってきたかだった。
ベルは、近づいてくるルーチャットに対し、しっししっと追い払うようなそぶりを見せたが、ルーチャットはグルルルルとあまりみせない低いうなり声でベルを睨みつけていた。それは、初めて見る人だからという反応というよりかは、ベルの中身……ラアル・ギフトの中身がベルというあくまであると気付いたからなのではないかと。動物とかは、そういうの人間よりも気づきやすそうなんて絡まれているベルを見ながら思った。そもそも、ルーチャットはあまり人になつかないタイプだし、私になついているかと言われても微妙なのだ。だが、この反応を見せたのは珍しいというか、ここまで猛烈に反応したのは初めてだった。
「ベル噛まれないようにね」
「か、噛まれないようにって。ステラちゃん助けてっす」
「え、犬苦手なの?本当に苦手なの?」
「楽しんでる場合じゃないっす。なんか、このポメラニアン怖すぎっす。うわあああ!?」
「ええ、ちょっとまって。本当に!?」
ルーチャット! と叫んだころには、ルーチャットはその小さくてもふもふした体、短くてとてもじゃないが走れそうにない体でベルに向かってもう突進したのだ。さすがに、驚いて私は止めようと思ったが、時すでにおそしてルーチャットはベルに飛び掛かっていた。
歯をむき出しに、キャンキャンと収拾がつかないくらいには暴れて吠えているルーチャットの姿が見える。そんなもふもふにいとも簡単に押し倒されたベルはその場でもがき苦しんでいた。犬に……しかも、ポメラニアンに負ける悪魔なんて見たくないし、この場が血の海になっても困る。引きはがそうと思ったが、ベルがあまりにも手を痙攣させるので、もしかしてルーチャットって凶暴? と近寄れなくなってしまう。
だが、もごもご、助けてーみたいな感じにベルはずっと助けを求めているので、このままではいけないと、さすがに私もルーチャットをベルから引きはがした。
「べ、ベル大丈夫!?」
「もうちょっと早く助けてほしかったっす」
「あ、あ~」
ルーチャットを引きはがしたころには、ベルは顔中ひっかき傷だらけで、舐められたような跡もあった。こんなにルーチャットが攻撃的になるとは思っていなかったため、私はルーチャットにメッと言って叱る。すると、ルーチャットは大人しそうに、くーんと泣いた後、私に許しを請うような目で見つめてきた。
あまりにも可愛すぎて、私は許す! と言ってしまい、盛大にベルに「この駄犬を許しちゃダメっす」と言われ、その後ベルがまたルーチャットの攻撃にあったのはいうまでもなかった。




