302 悪魔の軍団
「も~~~~ステラちゃんがひどいっす」
「ごめんって。なんだかかわいくってつい」
「ついで済んだら悪魔はいらないっすよ。悪魔の俺は謝らないっすけどー」
よくわからないギャグを言ってベルはパタパタとその場を駆け回っていた。ラアル・ギフトの体とはいえ、年齢を下げたことによってかわいく見えるようになっていたが、それでもあの最悪な毒魔導士だったんだよなと考えると少し寒気がする。だが、中身がベルなのでまあいいだろうと思うことにし、私はベルを慰めていた。
彼は順番が来たから召喚されてラアル・ギフトの体に憑依したといった。魂を食べたといった。だが実際は、私と混沌との会話を盗み見ていて、私がいる世界にきたいとつよくおもったうえで 順番を抜かしてここに来たのだと。
彼との出会い、そして彼との付き合いは長くもなく短くもないが、こうして私のもとに来てくれるということは、いまだに私に感謝か、期待か、興味かいずれかがあるのだろう。ただ、私も悪魔と聖女は対立する存在だといわれながらも、彼が私に寄り添ってくれるというのは本当にありがたいことだった。
「でも、さっきのは衝撃だった。自分で自分の伏線回収していたのも面白かったんだけど、それよりも、ベルがいろいろと思ってくれていたのがとても嬉しかったよ」
「そういうところが人たらしなんすよね」
「たらしてないんだけど……」
みんなに言われるが、私はそんな人たらしではないと思う。いうなら攻略キャラのほうが人たらしな気がするし、私なんかが人たらしだったら、みんな人たらしになっているだろう。
(……でも、悪魔が全員ベルみたいなタイプじゃないってことも十分理解しているつもり)
ベルがこうだったからと言って、他の悪魔が全員ベルと同じようなタイプではないと思う。結局は、悪魔と聖女は対立する関係にあって、お互いに女神と混沌の派閥についているわけだから。戦いを好む悪魔だってもちろんいるだろうし、そっちのほうが多いだろう。
だから、ベルが特別なのであって、他の悪魔がそうとは限らない。それは念頭に入れているつもりだ。
これから先、悪魔を召喚する人が現れたときに、必ずしも私をいいものとして扱ってくれる人がいるかわからないから。
「うんうん。ステラちゃんの思っていることは正しいっす」
「うわっ。切り替え早い……じゃなくて、私の心をかってに読まないでよ。デリカシーないなあ」
「悪魔何でデリカシーも何もないっすよ。でも、ほんとその通りっすから、気をつけないといけなっすよ」
「……それって、ベルの知り合いに私……じゃなかった、聖女を嫌いな人がいるってこと?」
「まあ、そうなるっすね」
ベルは何のためらいもなくそういったが、実際のところ、それはかなりまずい状況ではないかと思った。
その悪魔が召喚されるかはわからない。そもそも、任意の悪魔を召喚できる力など誰も持っていないのだ。だが、ベルのように順番ぬかしをすることができるというのであれば、話が変わってくる。
「悪魔は、死んだらどうなるの?」
「またあの空間に戻されることになるっす。といっても、悪魔は簡単に死ぬことはないし、殺されることなんてめったにないっす。けどまあ、ステラちゃんの周りにいる人間たちが本気を出したらちょーと苦戦して死んじゃうかもしれないっすね」
クシシシと笑ったが笑い事ではないと思った。もちろん、悪魔に寿命や死生観というものがないのだろうということはわかっている。死んだら、あの空間に戻ってまた順番を待つ生活が始まると。永劫の時を生きるからこそ、それはどうでもいいことであり、死んだら死んだでいいというようにとらえているのだろうとわかった。
また、私の周りということは攻略キャラたちは悪魔に対抗しうる力を持っているのだろう。アルベドや、リースは戦闘向きだし、悪魔と対峙することがあれば、それはもういい戦力になってくれるだろうけれど。
「その言い方じゃまるでこれからも悪魔がこの世界に来るって言っているようなものだけど。そういうことなの?」
「鋭いっすね、ステラちゃん。その通りっすよ」
「それは、ヘウンデウン教の情報?」
そういえば、彼がヘウンデウン教の幹部だったことを思い出した。ラヴァインよりもうまく教団の中に溶け込めているだろうし、中身が悪魔だから違和感がない。それについてエトワール・ヴィアラッテアがどこまで把握しているかはわからないが、エトワール・ヴィアラッテアが混沌の力を得た今、悪魔の軍団を作る可能性だってあるわけだ。
ラヴァインと最近は会えていないのだが、彼も彼で情報を集めてくれているだろう。だが、悪魔の軍団を作ろうにも、たくさんの犠牲が必要なわけで、禁忌の魔法など簡単に使える品物ではない。
犠牲を考えないのはエトワール・ヴィアラッテアらしいが、そんなことほんとにやっていいと思っているのだろうか。
「悪魔を召喚しようとしているってのは本当、なんだよね……」
「そうっすよ。悪魔は強いっすからね。そこら辺の魔導士よりも、対価を払えば願いを聞いてくれるし。悪魔はその願いに縛られて行動するんすからだれもなにもいえない最強の武器になる」
「ベルはどんな願いに縛られているの?」
「ヘウンデウン教にい続けること……っすかね。あの時、狂喜乱舞していたこの体の持ち主の願いっすから自我がないっていうか、その願いが広くとらえることができてしまうっていうか。まあ、だから俺は、ヘウンデウン教から離れることはないっすけど、誰を助けるとかは自分で決められる。ありがたい願いっすね」
「ラアル・ギフトは、混沌と、エトワール・ヴィアラッテアに忠誠を誓っていたようだけど?」
「だからっすよ。エトワール・ヴィアラッテア……俺が考えるエトワールちゃんはステラちゃんなんで。それもあるっす」
と、本当にとってつけたような、それでいいのか悪魔! といいたくなるような縛りだった。
だが、悪魔が願いに縛られるというのは本当のようようだ。聖女が混沌を封印することを課せられ、皆にやさしくしなければならない、自兄溢れた存在でい続けなければならないように、悪魔もあくまで力を持つからこそ課せられたものがあると。
「わかった……それはわかったけど、本当に悪魔の軍団を作るつもりなの?」
「多分そうっすよ。でも、ただの悪魔の軍団を作ったところですぐに倒されちゃうと思うんすよね」
「何故?」
私の質問に対し、ベルはきょとんと眼を丸くしていた。
悪魔の軍団を作ったとしても倒されるとは矛盾してないかと。ベルがこんなに強いのに、他の悪魔が弱いというのだろうか。
私はそこまで考えて、ベルが強い理由について思い出した。
「召喚した人間の魔力量に引っ張られるってこと?器が大事って」
「そうっす。聖女と違って、魔力のある体かは、召喚されてみないとわからないっす。もちろん、召喚できるくらいの魔力と器ではあるんすけど、それでもかなりの確率でハズレをひいちゃうんすよね。だから、強い魔導士が、どれだけ犠牲になれるかで変わってくるんす。悪魔の軍団を作るのも簡単じゃないっすよ。あの偽物に、どこまでそういう信仰を集められるかっていうのがあるっすよね」
「……でも、きっとやってのける。彼女の持っている魅了はそんな生易しいものじゃないから」
悪魔の軍団、最悪の響きに、また一つ大きな困難が目の前に降りかかってし合ったと私はため息をつくことしかできなかった。もしそうなった場合、本当に対応できるのかと。
窓の外は真っ白になっていた。まだ戻ってこない彼らのことを心配し、私は祈りをささげることしかできなかったのだ。




