301 隔たりを壊した先に
(私がいても、いなくても変わらなかった変わらなかった未来……現状)
私が転生してきたことで、エトワール・ヴィアラッテアはああなってしまったのだと思っていたが、そうでなくともこの未来は代えられなかったのだとベルは言った。
トワイライトと一つになることしか道はない。もしくは、エトワール・ヴィアラッテアが闇落ちする前に、彼女が一人の人として自立することでそれは防げたのかもしれないと。聖女にはなれないが、人間にはなれる。そんな選択肢しか彼女には元から与えられていなかった。それが、悲しいというべきか、人間になれるのであればいいというべきか。
聖女というのは荷が重いもので、トワイライトは本当に聖人のように優しい心を持ち、人々の悲しみに涙できるいい子だ。でも、いい子過ぎる。そんな負の感情を全く持ち合わせていない聖人になることは不可能だろう。それこそ、トワイライトが聖女が本来持っているはずの人間味という部分を失ってしまったからこそ、彼女しか聖女、女神に近い存在はいないといわれるのは。
ただ、私が来たことで、本来魂の片割れである私に感化され、聖女でありながらも人間味を取り戻し、トワイライトという聖女に戻る、なれたことは不幸中の幸いだっただろう。闇落ちを経て、彼女は一回りも二回りも成長して、人間らしくなれたのだ。
それは私がここに来てよかったことと言えることかもしれない。
だが、エトワール・ヴィアラッテアはそれでも抑えきれぬ承認欲求と、植えた愛を求め闇に染まってしまった。彼女の魂を人間に戻すことは、それこそ聖女であっても難しいと。何より、ファウダーが混沌の権能を持っていかれてしまったといっていたので彼女はすでにラスボスとなり、倒される運命になってしまったと。
(元から決められていた悪役……)
エトワール・ヴィアラッテアを幸せにするルートはあった。しかし、それを掴む前に、エトワール・ヴィアラッテアは自ら闇に落ちてしまったのだ。もう救いようがなく、どうあがいてもここから巻き返せるものはないのだと。だからこそ、私は彼女と向き合って、彼女を倒さなければならない。
ステラの体でもいい、という淡い幻想はここで打ち砕かれてしまった。
私はいかなる手を使ってでも、エトワール・ヴィアラッテアの体を取り戻さなければならない。そもそも、リースのことも、この世界のこともある。偽りだらけのこの世界をどうにかできるのは私しかいないと。
人間の聖女である私しか。
「それでも、どうしても、救えないの?」
「救えないっすよ。ステラちゃん。目の前に落ちて言もの全部拾おうとするその癖はやめたほうがいいっす。二兎を追う者は一兎をも得ず……本当に大切なものを見極めていかなきゃ、みんな沈んじゃうっすよ。この世界は、彼女の気まぐれによって成り立っているといっても過言じゃないっす。でも、もし仮に彼女がこの世界に飽きてしまったら。何かの原因で怒りを爆発させてしまったら……終末を迎えることは確定なんすから」
「……そう、だよね」
エトワール・ヴィアラッテア……エルという名を名乗り、私のメイドとして近づいてきた彼女。あの時もっと彼女に寄り添ってあげていれば、こんなことにならずに済んだのだろうか。そう、過去を思い出しては悔やんでどうしようもなかった。彼女を救ってあげたいのに、救えなさそう。いや、もう救えないと決まってしまった。
同情してしまったからこそ、彼女を助けてあげたいと思ってしまったのだ。だが、ベルからはそんな優しさなくていいといわれた。これは、無常でも、非情でもなく正しい選択なのだと。悪魔である彼ですらそういうのだ。
混沌の力を高めるために存在しているはずのベルが、悪魔がなぜか彼女のことを止めようとしている。その理由はもう少しだけわからない気がしたのだ。
「アンタはなんで、そこまでしてエトワール・ヴィアラッテアを倒そうと……しているの?」
「倒そうというか、そもそも、混沌という存在はステラちゃんによって、前の世界で封印された。そして、ステラちゃんが、長きにわたった女神と混沌の相いれない二つの存在を引き合わせた。そのことによって、悪魔と聖女という超えられない壁を優しくたたくことができた。要は、相容れない存在同士が混ざり和得るかもしれない架け橋を、きっかけを作ってくれたんすよ」
「私が?」
そんな大きなことはしていないと首を振ろうとしたが、ベルは、そうなんす、と強く言ったうえで、私を見た。
そこまで言われると、そうなのかもしれいないと思ってしまったが、私は本当にそんなたいそうなことはしていないのだ。だが、私がやったことが間違いじゃなかったことだけはわかったし、それが何よりもうれしかったのだ。
「……私がやっていたことは間違いじゃなかった?」
「間違いも何も、あんなことできるのステラちゃんくらいっすよ。だから、すごい感謝してるし、俺が悪魔でも聖女の近づこうって思ったのは、ステラちゃんだったからっすよ」
「アンタに言われたら、なんとなくそんな気がしてきた」
よかった、とよくわからない感情をなでおろす。
ただ、混沌であるファウダーを完全に救い切れていなかった気がしたから、この偽りの世界でどうにかしようともがいている感じもある。だから、よかったとはいえ、その分手から零れ落ちたものは数えきれないほどあると。
私は完ぺき人間じゃないし、この世界のことをすべて把握しているわけでもない。だからこそ、自分のやれることをやるしかないと。それでも、わがままで傲慢だからできると思って無理して、手からこぼしてしまう。何度やらかせばいいかわからないくらいに。
「アンタを救ったつもりはなかったけど、アンタにそういってもらえるのは嬉しいかも。ねえ、もしかして、順番の話……ベル強奪したんじゃない?」
「ひぇっ!?」
今までに聞いたことがないくらい乙女のような、間抜けな声が響く。まさか、私は彼がそんな声を出すとは思ってもいなかったので、大きく肩がはねたのが分かった。だが、図星だということが分かり、私は点と点がつながったすっきりとした感覚で彼を見ることができた。
私に執着する理由が前よりもはっきりとわかった気がしたからだ。
それまでは、ただの彼の、悪魔としての気まぐれで、私に興味を持ったからだと思っていたが違うようだった。
人間やはり表に出てきているものだけではわからないというか。
「そ、そんなことー」
「どう考えても図星の反応だったんだけど。どうやったらごまかせると思ったのよ……」
「今からでも記憶を消す方法を考えるっす」
「私の?」
「俺とステラちゃんの」
やめてよ! と思わず大きな声を出してしまい、またベルの方がびくっとはねた。そんなに隠したいほど恥ずかしいことなのか。私に興味を持ったことが恥ずかしいといわれるのは何というか心外だな、と感じながらも、これまで冷静で、つかめないと思っていた人間が出したぼろを前に、こちらもこちらで少しだけ、意地悪したくなってきたのだ。まるで悪魔が憑依したようなそんな感じに。
「へえ。順番ぬかししてでも私に会いに行きたいって思ったんだ」
「違うっすよ。ただ、毒を使う魔導士っていうのが珍しかったんすよ。順番ぬかしなんてしないっすよ」
「ほんとかな~」
「ほんとっすよ……うぅぅううう……」
目をぎゅっと瞑って、ベルは叱られた子供のように喚きだした。ここまできたら、もう駄目だ。これくらいにしておいてあげようと、私はふっと笑って彼の頭を撫でる。何にしても、私がやったことは間違いじゃなかった。ただそれだけわかるだけで十分だったのだ。




