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299 悪魔と聖女




 真っ暗な闇の中、自分の姿さえわからずただ順番を待つ日々。

 そんなの絶えられるだろうか。

 彼はさらっと語って見せたが、そんなの普通じゃ考えられないし、悪魔の常識が人間に通用するわけはなかった。彼が、聖女について話してくれるからと私は聞く姿勢をとってしまったけれど、彼が悪魔だからといって先ほどの話を流していいものなのかと思ってしまったのだ。




(ベルも苦労人なんだね……)




 彼自身、それが苦だと思っていなくても、私から見たらそれは明らかに苦であり、耐えきれないほどの孤独を抱えることになるだろう。誰も理解されないし、自分が人と入れ替わったことさえも気付いてもらえないのだから。だから、誰も知らないのに、知っている前提で話が進んでいく。そんな恐怖を人間では耐えられないだろう。

 人間とは指標が違うのだから――それでベルがいいというのならいいのかもしれないけれど。




「同情してくれるのはステラちゃんだけっすよ。だから、俺は君にすがるし、君のことを愛してあげたい」

「……その愛は、きっと私の思っている愛じゃないと思うけど」

「クシシシ、そうっすよ。悪魔に愛なんてないっす。だから、これは人間の言葉を借りてステラちゃんに伝える愛の言葉っす。愛じゃなくても、形だけでも愛だって思えば、それが愛に変わるんすよ」

「何その哲学」

「理解されなくてもいいんすよ。だって、悪魔には愛はないんすか。聖女にはあったみたいっすけど、でもそれは不特定多数に向けた愛情だったし」

「ベル?」




 ベルは、聖女の歴史についても詳しいのだろう。だからいろいろと知っている。だが、それをすべて語ってはくれない。それは、私がいつかいなくなる存在だからか、あるいは違う何か理由があるのか。それを聞こうとも思わなかったし、知ろうとは思わなかった。でも、聖女と悪魔の歴史というのは私が思っているよりも長く複雑なものなのだろう。

 でも、ひとつわかることがあるとするのなら、私はイレギュラーだということ。

 これは、転生云々がかかわってきている。今、この話をできるのはベルだけであり、ベルを理解できるのも私だけ。共依存ではあるが、どうしても相容れない存在でもあった。


 聖女と悪魔。超えられない壁を叩きながら私たちは会話をしているのだ。




「アンタからの愛は十分伝わってるから。本題に入って」

「せっかちっすね。大丈夫っすよ。あっちならたぶん」

「……気にしないようにしていたのに、そういうこと言うから嫌い」

「嫌われるのが商売っすから。それで、聖女の話っすよね」

「そう、だよ。もう」




 頑張って考えないようにしようとしていることを突っ込んでくるのはさすが悪魔といった感じだ。

 アルベドと、フィーバス卿……ベルが来てからそこまで時間は経っていないと思うが帰ってこない。倒したとて、ここまで帰ってくるのは時間がかかるだろうし、待つしかないのだが。

 外は、まだ雪が降っており、吹雪になりそうな空模様だった。




「それで、聖女が悪魔と違うのは何?」

「そもそも、ステラちゃんって悪魔と聖女の違い知らないでしょ」

「そこから話してたら日が暮れるから!また、その話はいずれ聞くから!」

「ほんと弄りがいがあって楽しいっす」




 楽しいは絶対に誉め言葉じゃない。

 ベルの顔を見ているとイライラしたが、こんなところでイライラしていても仕方がないので、私は息を吸ってはいてを繰り返して何とか保った。彼にとってやはり、私との会話はお遊び程度なのだろう。それでも付き合ってくれるだけましなのだが……




(違いについて知らないのは仕方ないじゃん。知りたくもあるけれど、フィーバス卿が戻ってきてたイ・ヘインなのはベルのほうだし……)




 フィーバス卿が結界魔法を復元すれば、ベルは辺境伯領地から出ていけなくなる。そうなってくると、悪魔の存在がばれかねないわけで、それだけではなく、私とベルの関係を疑いだす可能性だってあるわけだ。それは双方にとって困ることであり、なんとしてでも避けなければならない状況である。

 ベルはそこのところどう考えているかいまいちよくわからなかった。悪魔の腹の底が見えるわけもないのだが、いつも洋々と生きている彼は、どうにもつかめない性格なのだ。それに、きっと孤独や愉快といった感情は知っても、人が死ぬ悲しみとか、苦しみとか、そういう負の側面は持ち合わせていないのかもしれない。聖女が同だったかは知らないが、どちらかというと聖女は人の痛みには寄り添うことができる人種だとは思っているし。そこが違いなのだろうけれど。




「あまり、いじらないで。怒るから」

「でも、今のステラちゃんは怒っても怖くないっすよ。だって、魔法が使えないから」

「……」

「まあ、いじるのもこれくらいにしておこうっすかね。気にしている部分を突っ込まれるほど、苦しいことはないでしょうから」

「アンタに苦しみとかわかるの?」




 と、私の質問に対し、ベルは思った以上に過剰に反応を示した。どういう意味だというように首をかしげて、次の瞬間にはにこりと笑った。




「どうでしょうね。わかるかもしれないし、わからないかもしれないっす。ただ、人が苦しんでいる姿はわかるっすよ。今苦しいとか、寂しいとか、悲しいとか。そういうのは感知できるっす。それを俺自身が抱くかどうかは別問題っすけどね」

「別……」

「悪魔にそれは必要ない。そもそも、聖女だって人間に近いだけで完全なる人間じゃないんすから。人に寄せただけの人外っす。一緒に考えるほうがおかしい」




 ベルは少し語尾を強めにそういった。

 聖女というのは普通は人と交わらないものなのだと。だからこそ、孤高の存在だとベルは言いたいのだ。そして、悪魔も同じだと。だからこそ、分かり合えるんだから、分かり合おうよと言ってきている気もして、私はそれにどうこたえればいいかわからなかった。




「まあ、それで聖女の話に戻ろうっす。日が暮れるって言ってたっすからね」

「アンタは……」

「まだほかに何かあるんすか?」

「ううん。なんでもない。たまに、アンタのこと人じゃないなあって思うだけ。もちろん、悪魔だって頭では分かっていても、それを受け入れるかどうかは別だから」

「受け入れてほしいっすね。一緒に考えたときいろいろと不備というか、どうしようもないのにそんなことぐちぐちとってこっちは勝手に思っちゃうっすよ」

「そこが、人間と相いれない……って」

「そう」




 静かにそう終えて、ベルはくりくりとした目を私に向けてきた。縦長の猫のような瞳孔を見て、彼の底知れぬ悪魔らしい恐ろしさを身をもって感じた。彼を理解しようと努めれば務めるほど、なんだか泥沼にはまっていってしまう気がして、考えるのがムダなんじゃないかって思ってしまう。

 悪魔だからって差別したくないし、私は彼が協力してくれる以上は対等でありたいし、理解してあげたいと思う。でも、なんとなく悪魔は気分屋で、明日のベルは私の知っているベルじゃないかもしれない。悠久の時を生きる生物はみなそうなのかもしれない。私にはわからない感覚だ。

 しかし、私も一度死んで蘇ったような身だから同じなのかもしれないと時々思う。人は死んだらそれまでだ。なのに、私は体を変えてこの世界に戻ってきた。この意味というのは、きっと他の人から見て……




「さてさて、話を戻すっすよ。ステラちゃん。聖女について色々い知りたいんすよね。そして、前代未聞のこの状況をどうにかしたいって。悪魔の小話に付き合ってほしいっす」




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