表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

896/1355

297 sideアルベド




「いいのかよ。ステラを置いていって」

「ああ。それに、今ここにきても危険なだけだろう」

「そりゃそうですけどー」

「何だ不満か?」




 たなびく銀色の髪を見ていると何かを言い返す気力もなくなってしまう。

 ステラが魔法を使えなくなって日は浅いが、あいつにの感情が痛いほど伝わってきて、俺まで精神をやられそうだった。好きなやつの苦しんでいるところは見たくない。本当にあいつに弱いなと自覚しつつ、だからこそあいつの力になりたいとは思った。

 理想の近いフィーバス卿。だが、目指す地点は違った。光魔法と闇魔法の和平を目指す俺と、魔法を兵器利用として使うことを禁じようとしているフィーバス卿。俺の理想の先にある姿であり、だからこそフィーバス卿は孤独なんだと知っている。年の差だとは思うが、フィーバス卿の考えていることは俺にもわからない。

 透明な青い瞳はいつもどこを見ているかわからない。あの第二皇子とは違ってどこを見ているかははっきりとしているが、俺たちにはその地点がわからないというあれだ。そこの差が歴然としているからこそ、見ていて腹立たしく思う。

 俺には到底たどり着けない場所にいる。




(本当にステラを置いてきてよかったのかよ……)




 思わず口にしてしまったが、フィーバス卿が言わずとも今のステラには荷が重い。あの肉塊も尋常じゃないほど力を持っているようだったし、それを魔法が使えないステラが対処できるとは思わなかった。今彼女にできることといえば、殺意を向けられた攻撃を無意識的にはじくことだった。意識的にできない故、もしあいつを守っている魔力が作動しなかったら。そしたらあの肉塊の職種に貫かれてステラは死ぬだろう。俺たちもすべてに対応できるほど強くない。

 だから、これは賢明な判断だとは思いたいが。




「いや、不満はねえよ。俺も同感だ。今のステラには何もできない」

「なら聞くな。わかりきっていることを話すのは好きじゃない」

「へいへい」




 心配しているのか心配していないのか微妙だなと思った。本人はいたって心配しているのだろうが、周りにそう見えないのはかわいそうなところではある。もしかしたらまたステラは誤解しているかもしれない。そう思うくらいにはフィーバス卿の言い方はちぐはぐだ。

 それを俺が指摘すればきっと怒るだろうと目に見えていたため俺は口を閉じてあとから合流する、ノチェとアウローラというメイドのことを考えていた。あの二人は特に優秀で、ステラも認めている戦えるメイドである。

 基本的に辺境伯領はフィーバス卿の結界に守られているため多少辺境伯邸の警備が手薄になっても問題ない。それに、少人数とはいえ、あそこにいる使用人ができないやつなわけがないのだ。だから、ステラを置いてきても問題はない。

 ただ、あいつの立場になって考えてみるとやるせなさでいっぱいだろうなとは思う。もし俺だったらと、自分に置き換えてみればそれはすぐにでもわかる。苦しすぎることだ。




「だが、貴様がステラのことを大切に思ってくれていることに関しては、素直に感謝しているぞ」

「どういう言い方だよ。父親面か?」

「父親面か……確かにそうかもしれないな」




 踏んでしまった地雷。いや、わかっていて言ったのだが、思った以上にやんわりと言葉を返してきたようにも思えた。もっと怒るものだと思っていたし、俺から言われるのは嫌だろうとは予想していた。だが、俺の予想に反し、フィーバス卿は静かに、それが当たり前であるかのように返してきたのだ。心なしか、その横顔が悲しそうに見えたのは気のせいじゃないだろう。




(父親面だよ。わかってんだろ)




 ステラ自身が歩み寄れていないように、フィーバス卿もどこか一歩引いているのだ。それこそ、親子似ていると可愛らしい言葉で済ませてしまえば楽なのだが、そういう問題じゃない。根本的に、血のつながっていない者同士が家族になるというのは難しいのだ。乗り越えるべき障害と、どうしても埋まらない差と、血。血のつながりより濃い関係など言うが、結局は血のつながりというものは大切になってくる。ステラが歩み寄れないのは、そもそもあいつに家族というもののすばらしさを知らないからであり、なんとなく何かを模倣するように家族になろうとしているのが引っかかってきているのだろう。

 また、フィーバス卿も家族はいらないとそういった期間が長かったため、ステラが家族になり、娘になった時、どう行動すればいいかわからないようだった。見ていてやきもきしたが、俺も俺で言えたことじゃない。




(ハッ……ラヴィのことなんて考えても仕方ねえだろ)




 これは兄弟の問題だ。家族という大きなくくりとはまた異なる。それはわかっていても、俺も俺で、それを思い出さずにはいられなかった。

 定期的に連絡を取るような間柄じゃない。そして、ステラが俺たちの間に立ってくれて成立しているような関係。まだその足場はもろすぎる。それでも、あいつが闇から戻ってきてくれたこと、あの世界の最後、いや、災厄が終わる阿野直前に見せた救いを求める顔と声。それを思い出してしまえば、俺もこれまでのことがすべて清算できずとも、少しは許したくなる気持ちも芽生えてくるものだった。あいかわらず、憎まれ口は叩くが、それでも俺にとっては大切な弟なのだ。




(――って、言えればいいがな)




 さらに問題を悪化させているものといえば、ユニーク魔法か。俺も、ラヴァインもどちらも自己犠牲の上で成り立つユニーク魔法を持っている。互いにまた足に枷をつけるような危険なユニーク魔法を。




「ステラと仲良くしてくれているが、ステラにはほかに好きな人がいるんじゃないか?」

「は、はあ!?ひどくねえか、それ」

「自分自身解っているだろう。だが、それでもお前はステラの隣にいたいと、今の席を手放さまいと必死に縋り付いている。俺はそう見ているが」

「……あーいやだね。説教が始まった。これだから老害は」




 と、口を滑らせれば、すぐにも凍てつくような目で睨みつけられてしまう。

 おおこわっ、と俺は体を震わせつつも、否定はできないので、大股で一歩前に出て、そしてフィーバス卿に背を向けるように歩く。

 一番それは自分自身よくわかっていることだった。

 解っているからこそ、苦しいし、もがくし、すがる。この世界がずっと続けばいいと思うが、それじゃあ、俺も困るんだ。




「だったとしても、俺は今のこの状況を喜んで受け入れて、ステラの理想と、俺の理想のために努力するぜ。余計なおせっかいかける暇あったら、フィーバス卿もフィーバス卿で、ステラと向き合ってやってくれよ」

「投げやりだな。貴様は自分自身のことがままならないのに俺に任せるのか?」

「俺はもう十分間に合ってる。それに、フィーバス卿。ステラにはそれ絶対言うなよ。他に好きな人がいるってことも。フィーバス卿がそれでも俺を選んだんだ。俺が、今のステラの婚約者でいていいってさ」

「ああ、貴様なら任せられると思ったからだ。それは今も変わらない。こうして、俺と二人で偵察に来るほどには、ステラのことを愛していると」

「愛なんて、簡単な言葉じゃねえよ。でも、そうだな、根本には愛があるんだろうな」




 俺はステラを愛している。だがそれを口で伝えようが、伝えまいが、ステラはそれを120%で受け止めてくれないだろう。それでもよかった。

 たなびくマフラーをぎゅっと締めて、俺は目の前に現れた門を睨みつける。この先にあの肉塊がいる。




「ちゃっちゃと終わらせようぜ。そして、ステラを安心させてあげなきゃな」




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ