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296 お留守番のお姫様




「――本当に何というか。お前はいつも大変なことに巻き込まれるんだな」

「その、お父様、憐みの目を向けるのだけはやめてください。傷つきます」




 ううむ……みたいな感じでうなられ、こちらもどういった感情でそれを受け止めればいいかわからなかった。自分自身が大変なことに巻き込まれる、いわゆる巻き込まれ体質であることを理解しているがゆえに、直接言われるとさらにへこむのだ。私だって巻き込まれたくないし、そんな悲劇のヒロインを演じたいわけでもないのに。これは試練なのだと言い聞かせてどうにか自分を取り繕ってみるが、それでもかなりメンタル的にはぎりぎりである。

 フィーバス卿も言葉を選んだ結果こうなったみたいな顔をして、こっちまでさらに申し訳なくなってくるので、二人し、うーんとうなってしまう。それを見てアルベドが笑ったので、フィーバス卿と私は同じタイミングでアルベドを睨みつけた。




「ごほん、だが、理解した。遠くから見ていてはわからないことがあったからな。はなしてくれてありがとう、ステラ」

「い、いえ。魔法が使えなくなったことで、失望されたらって思っていたんですけど……大丈夫だったみたいで」

「それくらいで失望するわけないだろう。もう少し、俺のことを頼ってくれてもいいんだからな、ステラ」

「ぜ、善処します」




 優しい声色だが、顔は変わっていないのが怖いところだった。怖いといってしまったら失礼なので口にはしないが、フィーバス卿なりの心遣いをどう受け止めていいものなのかと私は戸惑ってしまう。だが、何はともあれ説明はできたので一件落着か。




(いや、まだやることはいっぱいあるんだけど……)




 魔力を取り戻す方法だってそうだし、何よりも辺境伯周辺にいるあの肉塊をどうにかしなければならない。あのままでは門が破られてしまう。




「あの、肉塊……ええっと、ヘウンデウン教が作り出した人工魔物について何ですけど」

「そうだったな。お前たちを転移させるとき感じたあの妙な魔力はやはりそうだったか」




 情報共有はしていたため、すぐにもフィーバス卿は状況を理解してくれた。転移魔法を正確に使えた理由については今聞くことじゃないなと後回しにしたうえで、私はどうするべきか相談に乗ってもらうことにした。どうせ、今の私には何もできない。だからといって、フィーバス卿が表に出ることもできないので、あの人工魔物をどうにかするには……




「――一度、領地内に入れてしまうのがいいかもしれないな」

「え!?でも、そしたら被害が……」

「もちろん、街まで来させるわけではない。それまでに叩けばいいだけの話だ。そうすれば、俺もあの肉塊という人工魔物と対峙できるしな。これまでステラが無理してやっていてくれたんだ。少しは俺にもやらせてくれ」

「ええ、でも、お父様……」




 倒し方は一応伝えてある。フィーバス卿だし問題ない。けれど、私はフィーバス卿の闇というものを知らない。

 肉塊の中に入った人間は必ずと言っていいほど、自分の黒い部分を見せられることになる。自分の闇と向き合えるかどうか。フィーバス卿がいくら強いといっても、魔法でカバーしきれないところもあるのだ。とにかくあの肉塊の中は異常なまでの負のオーラであふれている。覗きたくない自分の闇と対峙するとなった時自分を保てるかどうかで闇に飲まれずいられるかが変わってくるのだ。

 アウローラやノチェは経験しているからよほどの精神状態でない限りは大丈夫だと思う。しかし、フィーバス卿は違う。

 私が彼を理解できていないということもあるが、きっとこの人は私が想像しているよりも多くの闇を抱えていると思う尾。それを口にしないだけで。




「俺では役不足か?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが……」




 アルベドに助けを求めようと彼のほうを見たが、首を横に振り好きにさせてやれと訴えてきた。アルベドはよほど大切な人でない限りは手助けしないたちだらしい。それはわかっているのだが、本当に頼っていいものなのかと自分の中でストップがかかる。きっとそんなこと気にしなくていいといってくれるのだろうが、それでも怖いものは怖いのだ。

 私はきっとここでお留守番になるし。




(でも、何かできることはない?できるんじゃない?)




 危ないところに自分から飛び込むような真似をしたら周りまで巻き込んでしまう。それはわかっていたが、フィーバス卿とアルベドだけいかせるわけにはいかなかった。それに、あの肉塊についてよく知っているのは私だし。アルベドも知ってはいるが……




「ステラは、ここで待っていてくれ。すぐに済ませてくる」

「ま、待ってください。お父様。私を連れて行ってください」

「何?」




 すでに立ち上がったフィーバス卿を私は呼び止めた。しかし、フィーバス卿はなぜ呼び止めたのか理化していないようなそぶりを見せ、不思議そうに首を傾げた。




「あの、私を連れて――」

「いや、ステラはここで待っていろ。魔法が使えないお前を危険なところに連れていくことはできない」

「でも!」




 透明な青い瞳が訴えかけてくる。ここにいてくれと。

 フィーバス卿の気持ちがわからないわけではない。それでも、ここに一人でいることなんてできなかった。力がないことも、足手まといになることも……わかっている。いったら邪魔になることも。わかったうえでのわがままだから自分でもたちが悪いと思った。ついていかないのが正解であることもわかっているのに。




(焦りすぎ。信じてあげられていない。信じてあげなきゃいけないのに)




 今の私は周りが見えていない。もっと周りに気を配るべきなのだ。周りが私に気を配ってくれているよう今度は私が気を配るべきなのだと。ここでいかないという選択肢をとることが私には求められている。すべてわかっている。わかっていたとしても!




「大丈夫だ。必ず帰ってくる。それは約束する。ステラ」

「お父様……」




 ポンと肩を叩かれた。大きな手が私の肩に乗せられ、びくっと大きく肩が動く。フィーバス卿に触れられ、自分が震えていることに気が付いた。


 何を怖がることがあるんだろうか。


 雪の中あの肉塊を倒しに行くからだ折るか。それとも一人になるからだろうか。このまま力が戻らず誰かに頼りっぱなしの生活をすることになることだろうか。

 もしかしたらすべてかもしれない。

 フィーバス卿は安心しろ、と再度言って私の横を通り抜けていく。私は待ってと声をかけようと思ったが声が出なかった。フィーバス卿のことだから、私がいないところでアルベドと作戦会議をして肉塊を倒すだろう。私の知らないところですべて終わらせるつもりだと思う。

 言ってくるとフィーバス卿は部屋を出て行ってしまった。呼び止めようにもきっともう私の言葉は届かないだろうし意味がない。

 そんな私の横をアルベドが通り抜けようとする。




「本当に大丈夫なの?」

「信じてやれよ。お前の父親なんだろ?」

「そうだけど。そうじゃなくて……力になりたいって思ってるのに」

「……」

「早く、魔力が戻ってほしい。こういう時みんなの力になれない自分が一番嫌い」

「嫌いになるなよ、自分のこと。魔力はそうやって使えなくなるんじゃねえか」

「え?」

「俺もいってくる。まあ、すぐ戻ってくるから安心しとけよ」




 と、そういってアルベドはひらひらと手を振っていってしまった。最後のはどういう意味だろうか。尋ねる暇もなく消えてしまった紅蓮と透明な氷の背中を想像し、私は一人伸ばした手を横に下した。




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