294 救援信号
「私、アンタのときめきポイントよくわからないんだけど」
「知らねーし、俺も」
アルベド赤面事件から数十分経ってようやく私たちは目的の場所に向かって足を進めていた。フィーバス卿をかなり待たせている自覚はあったので、速足でと思ったが、アルベドは怒られるときは一緒だろ? と、なぜか連帯責任を押し付けてきたので、まあそれでもいいや、と私はあきらめてゆっくりと歩いていた。
しかし、もとはといえばこの男が赤面なんかするからわるいのであって……
(赤面するから悪いって意味わかんないけどね……)
普通とは完全にツボが違うような気がした。アルベドにとっては何かくすぐるものがあったんだろう。私にはそれが理解できないだけで、いや、理解する必要なんて初めからないのかもしれないが。そこはおいて置いて、時間を消費してしまったことには変わりないと、私は先を急ぐアルベドの背中を睨みつけながら歩いていた。
しかしながら、そんなどうでもいいような会話で私たちの仲は完全に回復したので、先ほどの言い合いは大した喧嘩ではなかったのだろうと思った。
「本当に、お父様すべてわかっていたんだ……」
「逆に、フィーバス卿が気付かない理由がないだろ。わかってなかったら拍子抜けだが」
「まあ、そうなんだけど。はあ……お父様、顔が変わらないからよくわかんないんだよな」
怒ってないとは思う。声色も極力優しいものに、と心がけているのが分かった。でも、内面まではわからない。表はいくらでもとりつくろえる可能性があるわけだから。けれど、そんなことをいちいち警戒していては誰も信じられなくなるのは確かだ。
怒っていないとそう割り切ってこれまでの経緯を話すことができればいいのに、それをしない私自身が、疑心暗鬼の心にとらわれていると思った。信じてあげればいいのに、父親さえも信じれなくなったら一体誰を信じればいいというのだろうか。
「だが、いきなり転移させるって何考えてんだって話だよな」
「え、え、でも、じゃなかったら私たちあの場で凍っていたかもしれないのに?」
「あいつの転移は、光魔法だ。俺がそれに巻き込まれたら気持ち悪くなるに決まってるだろ?」
「ああ、そっか……」
それもまた、難癖というか、言っていることに間違いはないがそこに文句を言っても仕方がないだろうということをアルベドは口にする。あの時はあわてていて、アルベドの顔を窺う余裕などなかったのだが、確かに光魔法の転移により、アルベドが転移酔いを起こしていた可能性もあったわけだ。しかも、いきなりのことだったから対応する暇もなく、という感じで、強引に転移させられたことにより彼の気分は最悪になっていたのかもしれない。そういう配慮を私はできなかったのだ。
ともあれ、あのまま肉塊をどうこうしなければ、というところで止まっていたら寒さから何かしらの影響が出ていただろうし、私たちの関係はさらに悪化していたかもしれない。さすがに、そこまでフィーバス卿が見越して私たちを転移させたわけではないのだろうが、やむを得なくてやったのだと思うし……
(……あと、気になっていたんだけど、フィーバス卿……この雪のこと)
雪が降っているのは知っていた。そして、辺境伯領に雪が降ることもまあ普通である。しかし、どこか焦っていたようにも感じた。今冷静になって思えば、あそこまで雪が降るのはおかしい気もするのだ。
異常気象――
「というか、というか!あの肉塊どうするの!?」
異常気象もそうなのだが、私たちは一番大切なことを忘れていた。
あの肉塊をあの場に置いてきてしまったことだ。いや、あんなものを内部に持ち込むことのほうが頭がおかしいのだが、そうではなく、門の前まで来てしまっていたあれをあの場に置いてきたのは悪かったのではないかと。肉塊は、結界魔法すら完封してしまう力を持っているのだ。だからこそ、あの門を壊すのも時間の問題だと思う。となると、結局肉塊だけじゃなく、強い魔物も押し寄せてきて辺境伯領は……
アルベドのほうを見れば、何か深く考えるようなそぶりを見せた後こちらを見た。ごくりと私は固唾をのんで次の言葉を待つ。アルベド一人じゃどうにもならないことはわかっているので、救援要請をしなければならないのは確実だ。アウローラやノチェがいれば二体くらい相手できるだろう。今すぐ戻ってあの門の前にいる肉塊を倒すことが求められるが……
「話し終わってからでも大丈夫だろ。俺も気になるところではあるが、策なしに突っ込むほうが危険だ」
「さっきそれをやろうとしてたんだけどね」
「あ?」
「はいはい。何でもないです。早くいこう」
これ以上何か言ったらまた機嫌を損ねそうだったので、私は途中で切り上げアルベドの前を行く。アルベドは一瞬立ち止まったようだったが、すぐに歩幅を大きく速足に近づいてきた。
そうして、フィーバス卿が待つ応接間に向かい扉を開ければすでに、椅子に座り私たちを待っていたと顔を上げたフィーバス卿がそこにいた。少し遅れてしまったというか、かなり道草を食ったので少しだけ不満げな顔でこちらを見ている。
アルベドもあまり気分がよくないようだし、機嫌の悪い人に囲まれているという状況に私は委縮しつつも椅子に座る。
「お父様、遅れてしまい申し訳ありませんでした」
「別にいい。待つのは慣れているからな」
「そう、そうなんですね……」
びっくりするくらいへたくそな愛想笑いに自分でもドン引きしつつ、ちらりとフィーバス卿のほうを見る。少しだけやつれたような、疲れたような顔をしている。うっすらと、隈が目の下にできており、私は違和感を覚えた。
異常気象とそこもつながりがあるのではないだろうかと。
「それで、無事戻ってきてくれたわけだが……魔法が使えなくなったらしいな」
「は、はい。そうです……すみません」
「謝ることはない。気に病む必要もない。ただ、それで不便を感じていなければいいのだが……」
「ふ、べんですけど。でも、体調に変化はありませんし大丈夫です!いつから、お父様はそれに気づいたんですか?」
「気づいた、というよりは、お前の魔力を感じたんだ」
「魔力がなくなってしまっているというのに?」
「ああ、おかしな話だろ。だが、確かにお前の魔力が俺に救援信号のようなものを送ってきたんだ」
と、フィーバス卿は想像もしていなかったことを口にした。まさか、そんなことがあるのだろうか。
ベルが私の周りに魔力があるといった。そして、アルベドの殺意が籠った魔法を弾いた。わあつぃを守る行動を私の魔力は取っている。となると、あのまま凍ってしまいそうだった私を助けるためにフィーバス卿に救援信号を出したとも考えられなくはない。だが、それはやはりおかしいことなのだ。前代未聞、フィーバス卿の口ぶりからもなんとなくそれが分かった。
しかし、それをイレギュラーとしてとらえつつも受け入れ私たちを助けてくれたことには変わりなく、それにフィーバス卿が疑問を持たずに無視していたら私たちはやはりあの場で凍え死んでいたのではないかと思った。
にしても、私の魔力がどうフィーバス卿に、何を伝えたかもわからないから少し気味悪さも感じる。
「でも、その、前例がないことですよね。魔力が分離しているという状況は……」
私がそうフィーバス卿に聞くと、フィーバス卿は少し黙った後、いや、と言葉を紡いだ。
「あるぞ。前例が、という言い方であっているかどうかはわからないが、類似した事例はある」




