293 悪癖
それは、 言ってしまえば救いの手だった。
(青白い魔法陣……!)
魔力を鑑定できずとも、すぐにそれが誰のものかわかった。というか、こんなにも高度な魔法を使える人間など限られているため、目星などすぐにつくわけで。アルベドはぎょっと目をむいていたが、それはどういうことに対する反応なのかいまいちわからなかった。ただ、あの人が助けてくれた。何かしら気づいてくれたことには変わりなかった。
私は無意識にアルベドの手を掴んで、大丈夫だから、そして安心できる、安堵を手に入れたと彼のほうを見る。転移の瞬間見えたアルベドの顔は私のほうではなく、あの肉塊に向いていた。
「――……っと。う、頭痛い」
「大丈夫か?魔力がねえやつが、魔法を浴びると、魔法中毒になりかねないからな」
「何それ、初めて聞いた」
「魔法は人体にも影響が出るんだよ。だから、兵器だっつってんだろ」
少し怒ったような声色が頭にガンガンと響いてきた。いつもは長距離移動でなければ転移魔法で酔うことはない。しかし、酔ったということは、アルベドがいうのであれば魔力がなくなっているからだろう。そんなところまで影響が出るのかと、私は魔力がなくなった弊害は、自身を守れなくなっただけじゃないと思い知った。それ以外にもきっと多くの大小問わず問題が生じていることだろう。
「ステラ」
「お、お父様」
重厚なつくりの屋敷の中。もちろん、ここがどこだかすぐにわかったし、転移させてくれた人がフィーバス卿であるということもすぐにわかった。暗い廊下の奥から出てきたフィーバス卿に私は挨拶をする。いきなり表れたからぎこちないのではなく、すぐに彼の気を察して改まってしまったというか。
アルベドが挨拶をしたのかどうか気にかける暇もなく、上から降ってきた冷たい目に私は顔を上げることができなかった。何か言いたげな顔。けれど、それが何かわかってしまったら、私の口から言わなければならないと、ここまで来て逃げようとしている自分がいることが分かった。
いうために帰ってきたはずなのに、結局言えないのなら意味がない。誰かの口からではなく、絶対に私の口から言わなければならないことであるはずなのに。そんなふうに私が言葉に迷っていれば、フィーバス卿はアルベドと私を交互に見たのち、大丈夫か? と優しい言葉をかけてくれた。フィーバス卿はきっと全部お見通しだろうけど。
「は、はい……すみません」
「何を謝る必要がある。外は雪が降っていたからな。馬車も途中で返したみたいだった……何かあったかは、ゆっくりと聞くとしよう」
「あ、あの」
何も聞いてこなかった。この場で問い詰めようとしなかったことに感謝と、そして焦りを感じた。
フィーバス卿は足を止めてこちらを振り返る。透明な青い瞳が私をとらえている。すべて見透かした目で。それでいて、何も言わないのだ。いわないこと、踏み込まないことをフィーバス卿は優しさだと思っているから。まったく笑いもしない、顔の堅い怖い人だけど、優しいのを知っている。私の魔力を見初めてくれたことも知っている。だからこそ、魔力のない私に対して、どんな反応を示すのか怖かった。でも、いつも通りで。それがとても怖かったのだ。
アルベドの顔も見れない。先ほど言いあってしまったこともあってなんていえばいいのか。一人孤立しているような感覚にさえなって胸が苦しくなる。まったく被害妄想もいいところだと思った。
「私、実は」
「ああ、わかる。だから、ゆっくり話を聞こうと思う。ここは寒いだろ」
と、フィーバス卿は諭すように言った。その声色が優しくて思わず泣いてしまいそうになるのをぐっとこらえた。こんなにも涙腺が弱かったのかと自分でも恥ずかしくなってくる。いや、優しさを知ってしまったからそれに甘える怖さやもろさを知ってしまったから。温かい言葉をかけられるとどう反応すればいいかわからなくなるのだ。
きっとそれは、私の周りの人たちもみんなそう。
フィーバス卿は先にいっていると、廊下の先まで行ってしまった。取り残されたのは私とアルベドだけ。
気まずい空気が流れながらも、私はフィーバス卿からもらった優しさを胸にアルベドに話しかけることにした。
「あ、アルベド……さっきはごめん」
「謝ることねえし。最善だって俺が勝手に動こうとしただけだ。お前の優しさは伝わってる。それに、あのままじゃ、むちゃして死にかねなかったかもな」
「死ぬとか簡単に言わないでほしいんだけど……」
あの時、嫌な過去がフラッシュバックした。
アルベドは覚えているかはわからないけれど、リースが混沌に飲まれたときのこと。先に言って色と、私に背中を見せて足止めしてくれたアルベド。あの時はリースを救うことで必死だったし、今以上に深い関係じゃなかったようにも感じた。それがここまで来て、私にとって今彼はパートナーであり、相棒と呼べる唯一無二の存在。頼れる人が彼しかいない中、彼を失ったらと考えると、あの時はそこまで感じなかった恐怖が二倍以上になって押し寄せてくる。
あの時だって相当だった。あの時は、バカだったから攻略キャラだから、最悪は……と軽く考えていたところもあった。でも今は、攻略キャラじゃなくて一個人として見ているから、どれだけ強くても、一人じゃどうしようもない時があると理解している。だから、一人で抱え込まないでほしかった。手放したら最後帰ってこないかもしれない。そんな恐怖に包まれながら一人になるのは怖かった。
「悪い。癖なんだよ」
「命を軽く見る?」
「まあ、言っちまえばそうだな。ほらー!お前、泣きそうになるからあ!」
アルベドはそこまで言って、私が起こった顔を向けていることに気づいたらしく、わーぎゃーとあたふたあたふたと手を振った。別に私もそこまで怒ったつもりはなかったし、彼がどうということは知っていた。命を軽く見てしまうことも、大切にしないことも。でも、これから大切にすればいいじゃないかとも思うから複雑だ。彼のいう通り癖だからすぐには治らないだろうし、それを当たり前にしてきた彼にとって私の言葉はおせっかいかもしれない。私の中でも譲れない当たり前があるので、彼にばかり強要していてはかなり酷なものがある。
それを理解しているけれど、私はわがままで欲張りだから、自分の手の届く範囲のことは守りたいし、手の届く範囲にいてほしいと思ってしまう。
「泣いてない!でも、だめ。私が今魔力がない状態だからこそ、もっとその、気遣ってほしい!」
「き、気いつかうってお前なあ、これ以上どう気を遣えって」
「いいから!私の精神が不安手になることはしないで!ダメ。今アルベドにいなくなられたら、私ダメになる!」
最後は駄々っ子のようにぽす、とアルベドの胸を叩いた。
本当にわがままもいいところだと思ったが、とってつけたような理由で彼が動いてくれるとも思わなかった。だから、素直に伝えられたらと思ったのだ。そして、その結果、アルベドは黙ってしまった。
(嫌われたらどうしよう……てか、絶対呆れてる!)
二度にわたって、相手の評価を下げるようなことをしてまあ、普通でいられるわけがなかった。怖くなって顔も見れなかったが、う、というような呻きのような声が漏れたような音を聞いてしまえば反射的に顔が上がってしまう。そして、見れば耳だけではなく顔を真っ赤にし、口元を隠すように顔をそらしたアルベドの顔がそこにあった。
「見んな、バカ」
「え、ええ……」
どこに赤面する要素があったか教えてほしいくらい、アルベドは恥ずかしそうにハミング音を鳴らしていた。




