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292 最善じゃなくても




「やっぱりあたりだな……違和感の正体は、あれだったか」

「あれだったかって……嘘、あんな大きいの」




 それはあまりにも信じられない光景だった。開いた口が塞がらないとはまさにこのことをいうのだと、バカみたいに思っては、私は何度か口を開閉して、閉じた。

 アルベドが先ほどから感じていた違和感の正体はあっていたようで、私もあの肉塊ではないかと思っていたので、その予想はあっていた。あっていたのだが、あそこまで大きなものは見たことがなかった。三メートルは優に超えており、どっしりとした体からは油のように赤黒い液体が流れている。君の悪いいような形。門をたたいているといったが、手はないし、体当たりしているようにも思える。その体には、雪が積もっておらず、あの肉塊に触れた雪はことごとく解けて消えてしまっていた。




(どうするのこれ……)




 ここまでたどり着いたのに、あの門の前で立ち往生されては中に入ることはできなかった。それも、あの門を空けれたとして中に入ってきたら甚大な被害が出るのは容易に予想がつく。しかし、辺境伯領に入るにはもう一つの門に回るしかなく、そこまで行くのには、一日ではいけないかもしれない。徒歩じゃなければ一日もかからなかったかもしれないが、この雪の中馬車だったとしてもつけたかどうか。

 いまさらいろいろ悔やんでも仕方がないが、一体だけではなく、二体もいる状況。しかも、何かを食べたのか大きくなっている肉塊を見て、私は一人で倒すのは辛そうだと思った。前に出そうになった体を引っ込め私は様子をうかがう。いつもなら、あの肉塊を見てすぐにでも飛んで胃の中に入って倒そうと思うのだが、今は魔法が使えない。だからこそ、飛び込むことはできなかった。しかし、あの肉塊がもし門を破ったら……

 いくら進行速度が遅いとはいえ被害が出ることは確かである。また、あの肉塊の倒し方を知らない人間がほとんどだ。フィーバス卿には一応話を通しているが、辺境伯領外のことは管轄外というか、フィーバス卿が外に出れないのもあって、倒すことができない。それを私がこれまでになっていたのだが、それもできなくて……




「何か、育ってるみてえだな」

「育つとかあるの?いけにえの数とかで、変わったりはするかもだけど……」




 これまでにあそこまで大きな肉塊を見たことはなかった。肉塊を作るには、多くの犠牲が必要で、たくさんの人の命を消費してつくられたのがあの人工的な魔物である。だからこそ、あれがホイホイ作れる、現れるということは、誰かが犠牲になっているということで。改めて、ヘウンデウン教のやっていることの恐ろしさに、おぞましさと、嫌悪を抱く。ラヴァインもその制作に携わっていたが、今はどうなのだろうか。この状況を知っていたというのだろうか。

 今はそんなことよりも、あの肉塊をどうやってどけるかが重要になってくる。

 動きは遅いが、遠距離も、近距離も隙のない肉塊。そもそも、物理攻撃も魔法攻撃も外側からはきかない。中に入らなければその攻撃は無意味だが、一人であの中に入って戻ってこれる保証なんてない。負の感情の巣窟でもある肉塊の中に入って正気を保てるはずがないのだ。

 私とアルベドだったらどうにかなったかもしれない。でも、今の私は完全に足手まといだ。




「どうする?このままじゃ、私たちは凍え死んじゃうだろうし、かといって、正面突破は……」




 黙っていてもしょうがないと思い口を開いては見たが、今の私にできることなんて何もなかった。正面突破もできない。それに、このまま放っておけば、いずれ門が破られるのではないかと思った。いくら、厳重な結界を張ってあったとしても、あの肉塊は魔法の結界ですら突破してしまう魔導士泣かせなのだから。

 自分は何もできないのに、こんなこと言っていいのだろうか、そう思いながら私はアルベドのほうを見ると、アルベドも困ったように様子をうかがっていた。私たちには選択肢が用意されていないのだ。

 応援を呼ぶことすらできないこの状況をどう切り抜ければいいというのだろうか。




「俺が足止めしている間に、門の中に入って救援をよんでこい。ノチェや、アウローラだったか。あいつらなら、この魔物に応戦できるだろ」

「待って、アルベドが一人で相手するってこと!?むちゃすぎる!」




 ほら、いうと思った。

 けれど、慌てて返してしまったせいで、アルベドは大丈夫だから、みたいに頭を撫でた。目が優しくて、彼にゆだねてしまいそうになるけれど、私はそれではいけないと首を横に振る。彼も私と同じでむちゃをして、そして、自分の傷は顧みない人だったから。似ている部分があって嫌になる。わかる。私でもきっと同じことをするだろう。それに私は、対して強くないのに見栄を張るというか。できると勝手に自覚して傷ついて周りを巻き込むような人間だった。

 アルベドはそうじゃない。けれど、彼は孤独に慣れすぎたせいで、誰かに頼るとか、協力するとかいうことを忘れてしまっているのだ。それも、とても悲しすぎる。




「ダメ」

「なんでだよ。それが最善だろ?それくらい、お前もわかって――いってえな、おい!」

「わかってない。本当にわかってない!」




 勢いに任せて、アルベドのマフラーを掴んで自分の額を彼の額に思いっきりぶつけた。あまりにも鈍い痛みが頭蓋骨を駆け抜けていく。響いた痛みは脳みそをぐわん、ぐわんと回すようでめまいさえした。でも、これくらいしないと彼がやろうとしている自傷行為を止められないと思ったのだ。

 額を抑えながら、私はあの肉塊にばれないような、それでいて悲痛な思いを彼にぶつけた。どれだけ、アルベドが理解してくれるかわからなかったが、少しは悔い改めてほしいというか。後悔はしなくていい。私のために体を張ってくれることも、自ら危険を冒すことも。でも、今回は違う。明らかに数的不利なのだ。アルベドだから大丈夫という自信はあっても、こればかりは看過できなかった。

 アルベドは痛そうに額を抑えながら私を見た。私は目に涙を浮かべながら彼をにらみつける。




「ダメ。絶対にダメ。それが最善だってわかっていても、だめだって、今回は言う」

「感情論に持っていくな」

「感情論に持って行って何が悪いの?今回の場合、感情論でしか動けないよ。アンタは迷惑じゃないっていうかもだけど、私は私という人間に迷惑してるの。迷惑かけてる自分が情けなくて、どうしようもないの。アンタが優しいのもわかるし、私のために言ってくれているのをわかっていても、それを享受できないの」

「じゃあ、他に方法があんのかよ」

「それ……は」




 ない。

 ないから、アルベドは私の意見を却下するのだ。それは彼がこれまで最善を選んできた人間だから。だからこそ、リスクのあることはしたくないという防衛反応……

 私だって、リスクは考えている。あの門を簡単に潜り抜けられるとは思っていないし、どちらかが注意を引いても通り抜けられるかも微妙だ。それにこの雪じゃ……

 にらみ合っていても話は進まなかった。押し通していくにも今の私には力がない。目にたまった涙も凍っていきそうで、私はした唇を噛んだ。アルベドが、大きなため息をついたと同時に立ち上がり、私に背を向ける。




「待って、アルベド!」

「しゃーねーだろ。俺が出たらなるべくばれないように門まで行け」

「だから――っ!?」




 次の瞬間、ブオンと音を立てて私たちの足元に白い魔法陣が浮かびあがる。透明な青い魔法陣は私たちだけを包みこむ。その感じたことのある魔力に私は目を丸くした。だって、そんなあまりにも都合のいい――

 そう思った瞬間足元に浮かんだ魔法陣は私たちを完全に包み込んで転移させた。




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