286 複雑な社会構造
私たちは、貴族社会というものを理解しきれていない。というか、多分この世界の貴族社会というものも、そこまでち密に作りこまれているものじゃないだろう。そういうのを理解したうえで、ではこの世界の社会構造はどうなのかと、アルベドに聞こうと思った。そして、彼の家族のことも。
「闇魔法が差別されてんのは知ってると思うが、闇魔法の中でも強い力を持つ者は、崇拝されるか恐怖の象徴とされるかの二つに分かれる。俺に関しては恐怖の象徴だな。俺、というよりは、レイ公爵家は代々そうだ」
「力を持つもののさだめってやつ?」
「ちげえよ。その力で支配しようとしていた過去があったんだよ。光魔法のトップが、フィーバス卿を除けば、ブリリアント卿……ブリリアント侯爵家。もともと、対立構造にあったわけじゃねえけど、闇はレイ公爵家、光はブリリアント侯爵家って昔からされてきた。だから、その二つの家には絶対に誰も手を出さなかった。レイ公爵家の先祖は昔その力で光魔法の奴も闇魔法の奴も等しく恐怖に陥れた。光魔法と闇魔法が手を組んで制圧しようと思うくらいにはヤバかったみたいだな」
「だから、かなりの辺境に飛ばされたの?」
「かもしれねえな。帝都近くで力を持たれたら何しでかすかわからねえ。ただ、皇族の監視下に置いてのほうがいいという声もあったが、それもなくなった。なぜだと思う?」
「ずっと監視してなきゃいけないから?」
「まあ、そうだな。だが問題は、レイ公爵家の先代当主が自ら辺境の地を望んだからだ」
「え?」
アルベドの家のことなんて全く知らなかった。その先代というのがどれほどさかのぼってのことかも知らない。何も知らないのだが、歴史は長いようにも思えた。
しかし、なんとなくいいたいことがわかり、アルベドの性格はその先祖から受け継がれたものなのではないかとも思った。
光魔法と闇魔法が手を組んででも止めたほうがいいほど力を持ってしまった貴族。光魔法と闇魔法が手を組まざるを得ない状況を作ったのは、意図的ではないだろうかとそう思ってしまうのだ。考えすぎかもしれないけれど、アルベドの目を見ているとあながち間違いじゃないのかもと。
「じゃあ、光魔法と闇魔法に追い出されたってことじゃなくて?」
「まあ、悪もんになって追い出されたていで、みたいな感じだな。ステラの思っている通りであってるぜ」
「でも、今も対立構図が残っているということは、それは失敗に終わったってことだよね」
「ああ」
アルベドは目を伏せてそう口にした。
光魔法と闇魔法は分かり合えない。だからこそ、分かり合えるきっかけを作ろうとしたのではないかと。しかし、それは簡単にできず、一人の、もっと言えば一つの家門の犠牲でどうにかできる問題ではなかったのだと。
自ら悪役を買って出て、世界の平和を築こうとした。だが、それができなかった家。しかし、今もその力が衰えずに現世に公爵という地位のまま残り続けているということはそのあともいろいろあったんだろうと想像がつく。
そして、アルベドの代に至ると。
「力を失っているわけじゃねえから、村八分にもできねえ。ただ、干渉せずに放っておくのが一番だと考えたんだろうな。光魔法の奴らはそういうこともあって、よりいっそ闇魔法の奴らを嫌いになっていった。俺たちの家がやったことは、結局溝を深める行為だったんだと」
「そう……」
失敗に終わった、とアルベドは苦しげに言った。
アルベドが悪いことをしたわけでもないし、今もなおその気持ちというのはついえておらず、アルベドが受け継いでさえいるような気もする。しかし、それがきっかけで溝が本当に深まってしまったというのであれば、世紀の大失敗ともいえるだろう。
「アルベドは、その先祖の生まれ変わりだったりするの?」
「あ?なんだよそれ。突飛だな」
「だって、アルベドの思想が、その昔やろうとしていたことと似ているから……」
「生まれ変わりとか、前世とか別に信じてねえ。ただ今の世界が気に食わねえだけだ。一人が声を上げても、一つの家門が声を上げても簡単に変わらねえのが世の中だ。簡単に変わったら、そもそも王も何もいらねえだろう」
「民主主義ってこと?」
「……あ?」
「あ、ごめん……まあ、王様がいて、その下に力を持つ貴族がいて、そして平民……階級社会だもんね」
この世界に、前世の在り方を持ってくるのは少し難しいだろう。それこそ革命でも起きない限りは無理だ。そして、現状このシステムでうまく回っているから、皇帝の首を取ろうというような人も現れないだろうし。そうなったら、リースは皇太子でもなくなるし、一緒に処刑されるかもしれない。そう考えると、今は革命が起きてほしくないとも思ってしまう。それは自分勝手な話だが。
アルベドは、私の話を半分に聞いて、続けてもいいかと私に問うてきた。私は、話の腰を折らないようにと口を閉じる。
「まあ、生まれ変わり云々はおいて置いてだな。そう思ってんのは、俺がそうしたいから。前にも言ったが、俺は人に流されるようなタイプじゃねえ。そういう血が流れていたとしても、俺がしたいからやる。それだけだ」
「そうだね、アルベドってそういう人間だから」
「まあ、ステラも似たようなもんだけどな」
と、アルベドは付け加えていう。全然似たようなものじゃないと思うんだけど、と言い返しそうになったが、私はまたこれも飲み込んだ。彼が言うのであれば、客観的にみるのであれば私はそうなのかもしれない。
アルベドはそういう人間である。それは近くにいてわかりやすすぎるほどにわかることだった。
確かに生まれ変わり云々よりも、彼がしたいからしている。血が流れているかもしれないが、それは自分で選んだ道であると、アルベドはそういっているのだ。
「それで、家族の話だが……」
「どうしたの?アルベド」
「いや、何でもねえよ。ちょっと嫌な胸騒ぎがしただけだ」
「それ、何でもなくないし。何!?」
ぴたりと止まったかと思えば、何事もなかったように話し始めたのだが、こっちはそれが気になってしまい話どころではなかった。だが、アルベドは続けていいかと言ってくるので、その状態で続けるのかとさすがに抗議の声をあげたくなる。しかし、アルベドの話が聞きたくないわけでもないので、とても複雑だ。
魔力がないから何も気づけていないというのは確実にあると思うし、何よりも、今の反応はそういう反応ではないかとも思ってしまう。私を心配させないためについている嘘だったとしても、あまりそれはいただけない。
「ひどい」
「ひどくねえよ。そもそも辺境伯領はあのフィーバス卿が守ってる場所だぜ?ちょっとや、そっとでどうにかなる所じゃねえだろうが」
「かもしれなくても。でも、アルベドが反応したってそういうことだって思っちゃうじゃん。何かあるって」
「帰りたくねえって言ってた割には、気になるんだな」
「そりゃ、そうでしょ。だって、家族のこと……優しくしてくれた人のこと気になって当然じゃん」
それが、家族愛なのか何なのかはわからない。でも、フィーバス辺境伯領の周辺に異常事態が発生しているのは確かなことで、それをこれまで私とアウローラが対峙していたから、それができない今――
(もしかして、それ?)
「だったとしたら、早くいかなきゃいけないんじゃないの?」
「大丈夫だろ。それに、ついたら俺が何とかする」
「……」
「話を続けようぜ。どうせ、馬車でしかいけねえんだから。それに、信じてみてもいいだろ?お前の父親を」




