285 貴族と家族
ガコン、ガコンと揺れる馬車の中。
向かい合った紅蓮の彼は、つまらなそうに窓の外の景色を見ていた。
「い、胃がキリキリする。やばい、やばい、やばい」
「それは、寒くて死にそうなのか、近況報告するのが嫌で震えてんのかどっちだ?」
「後者に決まってるでしょ!?」
わりぃ、わりぃ、と言いながらも、全然謝罪のしゃの字もないアルベドは私がじたばたと暴れるのを抑えるように足を閉じさせた。女の子に断りなしに触るなんて! と思って睨みつければ、それは反省したように顔をそらされた。確かに、アルベドのすねでも蹴ったら治癒魔法が使えない今、彼を治癒するに人は誰もいなくなる。
(闇魔法と、光魔法の境界線が消えたけど、でも痛みの先にしか、共存はないもんね……)
多分、アルベドに対して光魔法治癒を唱えたとしても治すことができる。それは、私たちが乗り越えた、超えられない壁であった光魔法と闇魔法の境界。アルベドが、それに対し希望を見出してくれて、彼の夢に一歩近づいた瞬間。あの時のことは今でも私は忘れない。
だが、魔法が使えない今、光魔法だろうが、闇魔法だろうが関係なく、負傷したらその状態のままということだ。フィーバス辺境伯領地に彼を治せる魔導士はノチェしかいないし、彼女の治癒で間に合う傷ならいいが、そうでなければ彼は元来の治療法で治癒してもらうしかなくなる。
光魔法であれば、と思うが、そうはいっていられない。
「そんなに怖いか?フィーバス卿が」
「怖いっていうか、幻滅されるのが……そう、怖いのかもしれない」
「そうか」
フィーバス卿に言うのはこれが初めてである。いろいろあって、家を空けることが多い私を寛大な心で許してくれているフィーバス卿。しかし、私が魔法を使えないとなると、これ以上私は外出できなくなるかもしれない。彼が過保護なのを知っているからこそ、自分の身を守れない私は、誰かに守ってもらうしかない存在になって。そんな状態の娘を預けられる人も限られているし、もしもがあった時どうしようもうないからと。
それ以外にも、魔法を使えなくなったことで、いろいろと言われるかもしれない。覚悟していかなければならないのはわかっていても、やはり怖いものは怖かった。
アルベドは、父親に対する感情というのを何か抱いたことがあるのだろうか。
「アルベドは……お父さんとどういう関係なの?」
「は?家族に決まってんだろ。血のつながった」
「じゃ、じゃなくて。その、関係……っていうのは、関係性。えーっと、どう思っているかって」
「別に。どうも思ってねえよ」
「……聞いちゃいけないことだった?」
「もう、何年もしゃべってねえかもしれない。ま、家族としての会話は」
そういって、アルベドは足を組みなおした。
家族としての会話というのが、私にはよくわからなかった。そもそも、私も家族というものがあまり好きじゃないというか、どう接すればいいかわからない関係だなとは思う。家族に対して云々と思うのは、前世のことで、フィーバス卿との関係がうまく構築できないのは、それがあるから。血がつながってなくても家族になれることは証明できた。お父様と、フィーバス卿のことを呼ぶことだってできる。でも、それだけが家族じゃない気がするのだ。もっと根本的に私たちは家族になれていない原因があるのだと。
そのモデルとしてアルベドに家族とはどういうものなのかと聞きたかったのだが、彼もまた、家族というものを知らない人間だったみたいだ。
(まあ、ラヴァインのこともあるしね……)
兄弟同士で殺しあわされたというか。そこに介入しない父親、というイメージは確かにあった。そもそも、攻略キャラのバックボーンというのはあまり明かされていない。名前は出てこないし、話が出てもさらっと流される程度だ。けれど、過去や家族関係というのは現在の生き方や正確に大きくかかわってくる要素の一つである。
とはいえ、アルベドのこの性格は、弟であるラヴァインに命を狙われ、人間不信になったことから生まれた性格であり、そこまで父親という存在がかかわっていないのかもしれない。
「ステラは……いや、お前は今も昔も、召喚されて、血のつながっている奴なんていねえよな」
「い、いないけど、トワイライトは妹だと思ってる。その、魂的なつながりで」
「似てないけどな」
「似てる、似てない関係ないから!気持ちとかの問題だから!」
確かに、トワイライトとは似ていないし、魂が一緒というわけでもない。つながりはあるのかと言われたら、彼女は私の妹として前世で生まれたけれど、死んでしまって、その魂が一緒に生まれてきたままの状態だったとはいいがたい。それに、その話をアルベドにする気もないし、前世が――というのは、今後も一切言うつもりはない。前世を知っているのは、前世でのつながりがある、リースや、ルーメンさん、リュシオル、トワイライトだけで十分だ。まあ、ベルとか、エトワール・ヴィアラッテアは間接的に知ってしまったということになるが、他の人には言う必要がないことだ。それこそ、バックボーンを知らなくていい。私とほかの人たちはあくまで、召喚された人間とその他の関係でいいのだ。
アルベドは、納得していないような顔で「まあ、それでいいんじゃねえか」と興味なさげに言ってきた。アルベドは私以外には興味を示さない。それが、ヒロインであったとしても。
(本当におかしいというか。まあ、悪女って言っても結局は、伝説の聖女と違う見た目をしていたからあれこれ言われて中傷されただけで、何もしていなかったら嫌われる要素はないもんね)
今のエトワール・ヴィアラッテアは違うが、私は何もしていなくても嫌われていた。けれど、攻略キャラたちは、しっかりと私の人間性に触れてくれて、そこを好きだといってくれた。だから、攻略できなくもなかったのだ。
「まあ、つくまでまだ時間があるから話してやってもいいぜ?」
「な、何を?」
「はあ?家族の話だよ。つっても、面白い話は何もねえぞ。ただ、お前が貴族らしくねえ、貴族の話を知らねえなら話してみてもいいかもしれねえと思ったんだよ」
「悪かったわね。貴族のこと知らなくて」
「いや、知らないほうがいいだろ。俺は、結構強要しちまうし、お前も貴族らしくなきゃって思ってるみて絵だけど、そんなきれいなもんでもねえよ。家を途絶えさせないために子を産んで結婚して……それが、貴族だ。きったねえよ。それは、光魔法も闇魔法も関係ねえ。人間の問題だ」
と、アルベドは鼻で笑うように言う。
前にも似たような話を聞いたことはあったが、改めて父親とか貴族化の在り方について考えているときに彼の言葉を聞くと、アルベドがいかに貴族のことを嫌っているかわかり共感の気持ちが芽生える。
闇魔法の人間はみんなそうだ、というよりかは、アルベドという人間の生き方はこうだ、と訴えかけてくるような目と強い言葉に、私は固唾をのむ。彼の目の奥で渦巻くのは、貴族社会への怒りや落胆。そして、自分もそれから切手は切り離せない関係にいると訴えかけてくるような悲しみ。けれどもアルベドは、その身分を捨てて平民になろうとは決して思わないだろう。
「話、聞かせてほしい。アンタの話、好きだし、アンタのこともっと知りたいと思うから」
「だろうな。ステラならそういうと思ってた」
ニヤリと口角を上げた彼は、先ほど見せた表情とは程遠い、嘲笑の笑みを浮かべていた。




