284 神秘的現象
頼む人を間違えたかもしれない。
そう思うくらい、彼が放った魔法というのは、魔法が使えるときの私であっても、よけきるのは至難の業だと思った。魔法を当ててほしい、威力はそれなりで、とは思ったが、まさかここまで本気でぶつけてくるとは思わなかったのだ。もちろん、これでも抑えているほうなのだろうが、それにしても……
ムリだ、怖すぎる、と思って目を閉じた。いつもなら、どうにかよけることや、魔法で自身を守ることだってできた。けれど、今の私はあまりに非力で、そういうった力は持ち合わせていない。
どれほど、魔法が大切で、それに頼り切っていたのかわかってしまい、いざとなった時、自分を守れるものが一つもないことに私は絶望した。
それをわからせるためもあってアルベドはわざと強く魔法を放ったのだろう。私が安直すぎたと、そうわからせるために。
しかし、手から離れた魔法をどう消すのか問題はあって、本当にこのまま死ぬんじゃと思っていると、いくら経っても訪れるはずの痛みは訪れなかった。
「どう……して、え?」
「……ほんとだ、すげえな。んなことあんだな」
感心して、アルベドもそれっぽい言葉を並べた程度の感動を顔で表現していた。でも、今ここで一番驚いているのは、自分で言った私だった。
アルベドが放った魔法は相殺され、私の周りを光の粒子みたいなものが飛び回る。それは一つ一つ意思があるようにフワフワと舞っては私の周りにすっと溶け込むように消えていった。これが、私の持っていた魔力だというのだろうか。
あまりに神秘的な超常現象に私は言葉を失った。
ベルが言っていたことが本当だったこと、そして、私が想像していた以上に、私の魔力は私を守ろうと努めてくれたことが意外だった。いや、これは私の魔力というよりは……
「……」
「ステラ?」
チョンと、一瞬だけ見えた光の粒子に触れる。雪のようにさあと消えていってしまったそれを見ながら、私は何とも言えない感情を胸に抱いた。この感情、この感覚が懐かしく思えたからだ。しかし、まったく覚えのないものであり、それでいて、私が経験したことのないようなものだった。こんな現象が起きたら絶対に覚えているだろうし、何よりも、こんな神秘的なことがあったら私は絶対に人に話していると思う。だから、一度経験したなんてありえないのだ。
消えていく粒子を目で追って、私は近づいてきたアルベドのほうを見た。本気で私を殺しかけた人。あのさっきは、本物のそれだった。もちろん、本気で殺そうなんて物騒なことは思っていない。けれど、私にわからせるために演技をしたのだと。誰か殺したい相手を重ねて……とか。いろいろまあ考えられるのだが、まだちょっぴり怖くて、私は彼から距離をとってしまった。
あ、というように、アルベドはすまなそうな顔をして、私をちらりと見る。
「ステラ」
「大丈夫!ほら、大丈夫だったでしょ?すごいなあ、本当に魔力が守ってくれたんだ。でも、私の中に戻ってきてくれないのは悲しいかも」
「……怖かったなら、怖かったっていえよ」
「じゃあ、謝ってよ。それとも許されるために言ってる?」
「……」
「別に怒ってないし、てか、アルベドのあの顔見たの久しぶりっていうか。怖い、けど……でも、あの顔を向けるのは、アルベドが悪人だって思った人だけだから。誰と重ねていたかわかんないけど、そう……うん、怖かったけど大丈夫!」
はっきりと言わなかったのは、私が怖がっていることを知っていたからだろう。だからこそ、自分が悪いから、許してもらうために聞き出そうとしたと。回りくどいのは好きじゃない。だから、私は彼が何か言う前に、許した。
大丈夫、というのはあまり大丈夫じゃないし、口だけかもしれないが、私が強がって言えることはきっとお見通しだし、それを踏まえたうえで、アルベドはわかったつもりになって、話を区切った。
「にしても、本当だったんだな……お前がどこからその情報を掴んだかは知らねえけど。まじで、人を守る魔力……」
「何か、文献とかに乗ってないの?そういう、神秘的現象とか」
「俺の家に何でもあると思うなよ?それこそ、帝国図書館や、皇宮の中の書庫……とかにはあるかもしれねえけど。つか、いっただろ?魔法は未知なことが多いんだ。まあ、つー意味では、ブリリアント卿なら知ってるかもしれねえけどな」
「ブライト」
彼の口から、ブライトの名前が出るとは思わなかった。でも、確かに魔法のことならブライトのほうが専門だろう。それと、アルベドと私では魔法の属性が違うわけだし。今回の場合、どちらの属性でも当てはまりそうな気もするが。
(確かに、ブライトに聞くのもいいかもしれないけど……)
でも、秘密を共有して、私は魔法が使えなくなりました! とか言ったら、ブライトも困るだろう。しかし、いつ戻ってくるかわからない、それも戻らないかもしれないこの魔力についてずっと隠し続けるのは無理だとは思う。それこそ、フィーバス卿にははやめにいわないとだし。
また、堂々巡りをしている気がして、私は思考を断ち切る。
ブライトに相談するのは一つの手として置いておきたいと思った。
「な、なに?」
「本当にけがはねえか?」
「な、ないけど……気にしすぎじゃない?」
「だから、嫌だったんだよ」
「でも、ありがとう」
「つながってねな、会話が……ほんと、よかったとは思ってるけどよ。だが、もうこんなめちゃくちゃなお願い事はいやだからな?」
「善処します」
「善処じゃなくて、やれ」
と、アルベドは私の額を弾いた。私は、いて、と言いつつも、彼が手加減してくれたことを知っているのでつい笑みがこぼれた。その笑みを見てか、アルベドは耳を染めて顔をそらしてしまった。相変わらずわかりやすい。
(さてと、でも、この現象についてはいろいろ思うところがあるんだよね……)
そもそも私のこの体自体が、冬華さんや女神さまにもらったチャンスであり、代わりになるもの。私という魂を入れる器に過ぎない。そうなったとき、元の器の持ち主の魔力が残っていて、私はそれを使っているのではないかと。魔力が魂に宿るのか、体に宿るのか、その問題でもあるが、私自身体に宿るのではないかと思う。けれど、魔力の感じがその人だ、とも言われているから、魂が魔力に色を乗せるというか、魔力が魂に色を乗せるというか。
もし仮に、この抜け出た魔力というのは私の魔力ではなく、この体の主であった先代聖女様の魔力だとするのなら、私が無理したせいで、これ以上無理しないようにとわざと抜けたのではないかとも考えた。守るように魔力が……といっていたベルの言葉にもつながる気がしたからだ。
だから、前例がないこと。
でも、そうだったとしたらベルが、その魔力はステラのものではない、というような気もするし、それがはっきりと答えじゃないような気もした。守るように、だから他人がと思ったが、その考えは安直すぎたか。
私が考え込んでいると、アルベドが不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
「な、なに、なに!?」
「いや、今は何も感じねえなって思って」
「ああ、魔力?」
「ああ。どういう原理か、調べるために一度フィーバス辺境伯領地に戻ったほうがいいかもな。それと、ブリリアント卿も呼んで」
「そうだね……え」
「えってなんだよ」
アルベドは目を細め私を見た。
今うなずきそうになったが、私がとても気にしていることを言われた気がしてならなかった。
(待って、この状態でフィーバス辺境伯領地に戻るってこと?)
まだ、心の準備ができていないのに! そう叫びたかったが、どうやら決定事項のように、アルベドは「嫌がんなよ」と私の肩を叩いた。




