281 抱きしめられる魔力
「え、何それこわ……」
「いやいや、すごいことなんすよ!?そんな、お化けみたいに思ってるなんて、ステラちゃんだけっすよ」
「でも、いや、だって、怖いじゃん……見えてるの?ベルしか見えてないんだよ?怖いんだけど!?」
私の中から出た魔力が私を抱きしめている。そんなことを言われて、スッと受け入れられることができるだろうか。私はできない。できないから、怖かった。
もちろん、魔力がなくなった私を守ろうとしてくれているのが、私の魔力何だって思ったら、それはそれで、なるほど、そんなこともあるんだと思うかもしれないけれど。でも、それにしても怖い。見えないものが怖いというのは、人間の思考としておかしいことではないとは思う。
「怖いっすか~」
「怖い……んだけど。この感情ダメ?え、もしかして、私が怖がっていることに関して、私の魔力は何か言ってるっていうの?」
私が怖がったせいで、二度と魔力が戻ってこなくなったら。それも考えると怖いことだった。しかし、ベルは、そういうわけじゃないっす、といったうえで、私の周りをじっと見た。なぜ彼にだけ見えるのだろうか。彼以外にも見えるのだろうかといろいろと気になったが、この場にアルベドを呼びつけることはできないし、ベルだから見えているというのが濃厚だろう。だとしても……
「いーや怒ってないっすよ。それに、俺も全部見えているわけじゃないんで」
「アンタが見えなかったら他に誰が見えるっていうの?」
「そりゃ、誰も見えないっすよ。本来なら、魔力っていうものはなんとなく雰囲気的に見えるもので、形亡き者っすからね。ステラちゃんはこっちの人間じゃないからわからないかもっすけど、魔力って簡単に理解できるものじゃないっす。それが、悪魔であっても」
「アンタがわからなかったら、誰もわからないよね……まあ、そうなるのか」
ベルにわからないなら私はもっとお手上げだった。これ以上、彼に何を聞いても私が気になることは一切わからないだろう。
魔力が人を守った。もっと言えば、魔力が人から分離した。魔力を失った人間は死ぬといわれているのに、それもなくて……
(本当にわからない。それに、ベルも魔力については、魔法については未知なることが多いって言っていたから、聞いてもどうにもならないかも……)
未知のもの、神秘的なもの。最も、それが科学的に証明されるわけでもなければ、理屈とか、研究してわかるものでもないんだろうなとも思った。難しい話。
それでも、今回のことがあまりにもイレギュラーすぎることは、誰が見ても明白。
アルベドがあんなに焦っていた理由が今になってわかる気がして、私はもっと落ち着いて対応ができればよかったとも思ってしまった。
「ただ、普通は魔力に感情はないっす。そもそも、感情に応じて魔力が形を変える。魔法が形を変えるんすから、抱きしめているように見えるだけ、守っているように見えるだけって感じっすかね」
「感情はない……と」
「言い切れないっすけど」
「ほんと、アンタにとってもイレギュラーってことね。まあ、イレギュラーだったとしても、私を魔力が守っていてくれたとしても、自分が使えないんじゃどうしようも」
そうだ、問題はそこだ。何も解決していないのだ。
魔法が使えないことは死活問題であり、足を引っ張る原因でもある。魔力が自分の周りに浮いていることだけがわかり、それを中に戻す方法がわからなければ意味がない。
「そうっすね。ステラちゃんてきに守られるのはいやでしょうし、それに、あの聖女様が来るんだから、焦る気持ちもわかるっすよ」
「トワイライト……」
「もう、いっそ、早い段階であの聖女様を強奪して、ステラちゃん守ってもらえばいいんじゃないっすか?」
「待って、本当にアンタ人の心なさすぎ!」
親身に聞いてくれて入るのだが、飛び出した言葉に私は何とも反発したい気持ちを覚えた。というか、反発したくてしたくてたまらなかったというか。なんでそんな言葉が出てくるんだと。でも、彼は悪魔だから……と自分を落ち着かせる。
トワイライトを迎えに行きたいという気持ちはもちろんあるし、彼女がこちら側にいてくれればさぞ楽しいし、エトワール・ヴィアラッテアに対抗できるかもしれない。でも、前ベルが言ったみたいに、略奪、強奪して自分のものにするというのはまた話が違う気がするのだ。
そのほかの方法がないといえば、本当にないのだが……
「倫理的にダメだと思う」
「俺がやってあげてもいいっすよ?」
「だとしても、私の妹を!そんなふうに扱いたくないの!」
あっちが覚えていなかったとしても、怖い思いはさせたくない。たった一人の妹が怖い思いをするのであれば、私は首を切っても死ぬ勢いで謝る。
トワイライトも、これまでずっとつらい思いをしてきた。もっと早く、本当の妹として扱うことができたらッて思って。
私と、ベルの間に流れる静寂。
ベルは別にそれが良かれと思っているし、汚れ役は買うとも言っている。それがだめとか否定するわけもなく、彼自身がそういうやり方をとっているというか。悪魔だからという一言に尽きるけれど、それも彼なりの方法で私に対して何かできないかと言ってくれているのだ。その気持ちを無下にするのも……
(でも、トワイライトを誘拐とか、考えたくない……)
でも、でもエトワール・ヴィアラッテアに取られて、洗脳されて、私の妹が調教されて私の敵になったら! と思うとそっちもつらいのだ。彼女の記憶がどこまであるか。行ってしまえば、彼女は生まれてきた赤ちゃんみたいなものだったのに、母親のお腹に戻ってまたこの世界に、という訳の分からない巻き戻り方をしているため、記憶を持っているか、持っていないかはあいまいだ。本物の聖女だから、他とは違うといえたらいいが、そんな可能性も低い。
「ベル」
「なんっすか?」
「誘拐はしなくていい……でも、もしも何かあったら、トワイライトを守って」
「それって、約束っすか?」
と、ベルは私に尋ねてきた。
先ほど彼は、契約はできない、考えたほうがいい。だって悪魔だからといった。だから、これが契約になるのか、約束になるのかといえば、約束になって。別に約束だからと言って守らなければならないわけでもないし、拘束力もない。
ベルは私をじっと見つめた後、首を横に振った。
「ステラちゃんの頼みだし聞いてあげたいところっすけど。俺も暇じゃないんすよね」
「そう……」
「それに、俺が守りたいのはステラちゃんであって、あの本物と言われる聖女様じゃないっす。確かに、双子かもしれないっすけど、俺が興味があるのはステラちゃん。それに、ステラちゃんのそのやさしさのせいで、ステラちゃんが死ぬ結果になるのは嫌っすよ」
そういって、ベルは私の手をすっととった。私よりも大きいけれど、そこまで大差がない手。悪魔なのに、不安を感じるんだと思いながら彼を見ていると、にこりと笑った彼の目と目が合ってしまった。思わずそらして、私は、もう一度ちらりとベルを見る。笑っているが、先ほどの顔をさらしたくなるような笑みではなかった。
「まあ、でも、約束はできないっすけど、善処はするっすよ?だって、ステラちゃんの頼みだから。俺は、かなえてあげたいんっすよね。それと、あの偽物は、俺も嫌いっす。まったく楽しくない。だから、元の世界に戻してほしい。ステラちゃんに期待しているっていう意味でも、ステラちゃんには生きててほしいっすからね」
ベルはそういうと、私の手をもう一度ぎゅっと握った。




