280 主人を守る魔力
「な、に?」
ベルが指をさしたのは何もない虚空。そこには見る限り何もなく、私はなぜそこを刺したのかと、ベルのほうを見てしまう。ベルにしか見えない何かがあるのかもしれないと思ったが、ベルが、次に指をさしたところも虚空で、私はさらに首を傾ける。
「何、何?え、ベル、何?」
「魔力がからっきしなくなった。でも、ステラちゃんは死んでない。体が作り替わったから死ななかった可能性も考えたんすけど、そうじゃない気がするんすよね。これは、まれ……いや、前例のないことっす」
「それと、何もない空間を指さしているのは何が関係あるの?」
「あれ、ステラちゃんは何も感じないんすか?」
と、ベルは私と同じように首を傾げた。
何を感じることができるのだろうか。ベルは、私が感じ取れて当たり前というように言うので、だんだんと自分の顔の中心にしわが寄っていったのを感じてしまった。ベルは、そんな私の顔を見て「ごめんっす」と謝ったうえで指を下ろした。いったい彼には何が見えていたのか。
(でも、前例のないことって?)
ベルの言葉が本当だとするのなら、体が作り替わったというわけでもなければ、魔力がなくなったというような認識でもないらしい。では、私の無限に湧き出る魔力はどこに行ったのだろうか。それが気になって仕方がない。
「何も、感じない、けど……私が感じないとおかしいこと?」
「まあ、だってステラちゃんの魔力っすから」
「え、私の魔力!?その魔力何処にあるわけ!?」
思わず、ベルの襟をつかんで、ぶんぶんと揺さぶってしまった。ベルは、頭が痛いっす~と本気なのか、困っているのかわからない声を上げて、私にされるがままになっていた。
でも、どう考えてもその言葉は私にとって聞き逃せないもので、魔力があるということは、戻ってくる可能性があるということで。希望を捨てきることはできなかった。ベルには感じて、私には自分自身の魔力を感じられないと。だったとするなら、何なのだろうか。悪魔にしかわからない? でも、悪魔と聖女は対になる存在だって聞いていたんだけど。いろいろと聞きたいことはあったが、まず、そのベルにしか見えない魔力というものを、そもそも私が魔力を失って原因についても聞きたいと思った。彼なら、アルベドや、他の人が知らない情報を知っている可能性があるから。断りから少し外れた存在。私自身、聖女という外れた存在ではあるけれど、中身がどこにでもいる人間と変わりないので、わからないことだってある。けれど、ベルはこの世界にずっといて、知っていることが多いはずだ。悪魔だから。
私は自分を落ち着かせ、彼から手を離した。ベルは、首がしまったっすよ~とへらへらと笑っていたが、次の瞬間すっと向けられた目は鋭くて、私は固唾をのんだ。これからきっと話してくれるのだろうと、そんな気がしたから。
ベルは、椅子にドカッと座ると足を組んで私のほうを見た。アルベドと似ていて、行儀があまりよろしくないというか、貴族という自分の設定を忘れているような振る舞いに私は何とも言えない気持ちになる。といっても、誰も見ていないんだし、貴族が貴族らしいことをしなければならない理由はないのだからと、私は気にしないことにする。問題はそこではなく、これから彼が話す内容なのだから。
「まあまあ、落ち着いてほしいっす。ステラちゃん」
「これが、落ち着いていられるもんですか。わかってるのに、もったいぶるアンタが悪い」
「え~せっかく、ステラちゃんの言葉にこたえてきてあげたっていうのに、その言い方はないっすよ」
ぶーぶーとほほを膨らませて言うものだから、私は言い消すのもめんどくさくなってきた。
「もういいから、早くして」
「少しぐらい戯れに付き合ってくれてもいいじゃないっすか。俺、こういうの好きなんで」
「アンタの好きとか、嫌いとかはまた別の機会に聞くから」
「ええ~でも、また俺に会ってくれるってことっすよね。やった」
なんて、ベルは子供のように喜んでいた。私に会えるのが嬉しいといってくれる人は何人もいるけれど、きっと他にも面白いことか、すてきな人はいっぱいるだろうにとは思った。けれど、この人たちの基準でそう思っているんだから、私がそれを否定するのもまたなんか違うと思うのだ。
話を逸らす達人だと思いながら、私はベルが知っている情報を吐いてもらおうと思った。
「それで、さっきアンタが指さしたところに、私の失った魔力があったってこと?」
「まあ、端的に言えばそうっすね」
「私の体に何が起きているの?」
「それがわかったら、こっちも苦労しないっす。悪魔とはいえ、魔力鑑定家じゃないし、おもそも、それがイレギュラーすぎて、前例がない。だから、俺からも詳しいことは言えないっす」
「でも、私の魔力を感じたって……いや、そう、だね」
悪魔にもわからないことが起きている。それは、私が転生者だから起きたことなのかもしれ兄。そう思うと、彼が説明できない理由もわかる気がした。そんな大事というか、前例のないことなんて、私も、ベルもお手上げだ。この世界にいる人たち、あるいは神様でも対処できないかもしれない。
うっすら見えた希望がまた打ち砕かれるような気持で、私はもう一度、そう、といったうえで自分なりに考えてみる。けれど、やっぱり答えは出ない。イレギュラーに答えや、仮説を立てるのは難しすぎる。
「まあ、そこまで落ち込まなくてもいいっすよ。魔力っていうのは、本人に既存するものだと思ってたんすけど、それが違った……ステラちゃんの場合は、魔力が意思を持っているみたいな感じっすかね?」
「それこそ意味が分からないんだけど」
「ステラちゃんがこれまで無理したり、ストレスを抱えたりして、それが限界になったところで、ステラちゃんの中にあった魔力がステラちゃんを守るように外に出てしまったって感じ。魔力が本人から分離した状態っすね。俺がさっき指をさしたのは、それ。目には見えない粒子となった魔力っす」
「私の周りに私の魔力が飛んでるってこと?」
簡単に言えば、そういうことだとベルは言った。
私は信じられずに周りを見てみるが、やはり私は何も感じられない。自分の魔力だというのに、乖離してしまったせいか、私は自分の魔力すら探知できなくなってしまったのだ。いや、魔力が探知できないのは、今私に魔力がないからであり、魔力があれば、本来であれば探知ができる……魔力がない弊害はいろんなところに起きていた。
(魔力が意思を持つって考えられない……)
魂に魔力が依存しているのか、それとも、体に魔力が依存しているのか、どっちだったか思い出せないが、いってしまえばそういうことな気がして、私が自分の魔力だと思っているこれは、初代聖女の……私ではない他人の魔力なのかもしれない。考え出すと止まらず、でも答えは出ない。
でも、乖離しているだけで、戻ってくる可能性は0%ではない……ということだろうか。乖離した理由が、意思をもってしまったから? それも、よくわからない。魔法というものに頼りすぎたせいで、本質を見誤っている気がするのだ。
魔力が、私を守るようにして変化した……それって確かにイレギュラーなことだ。前例がないのもわかる。
「それで、その魔力はどうすれば元に戻るの?」
「それはわからないっす。ただ、ステラちゃんのその魔力、本当に妙っすよね。手で触れられないのはもちろんなんすけど、ほんと、なんていうんすかね。ステラちゃんを守るように、抱きしめているようにも見えるんすよ」
そういった、ベルの顔はとても奇妙なものを見るかのようなものだった。




