279 動揺は隠しきれず
魔法が使えない。
その重大さは、馬鹿でもわかる。いや、この世界で貴族で、そしてエトワール・ヴィアラッテアと戦っていくうえでそれがなければどう対応するのだというくらい大切なものが使えない。自分の身を守るのもままならなくなってしまったらいよいよ終わりなのではないか。そう思うほどに、私は今ピンチを迎えていた。そんな可愛い言葉ではまとめられないくらい、苦しい……高が魔法が使えないくらいで、いやたかがではないのだ……
「どう、しよう……どうしよう」
状況を整理しようとしても、頭がこんがらがってしまえば、何もできない。ただただ絶望に打ちひしがれていく自分を客観的に見ることもできなければ、過ぎていく時間に焦りさえ感じる。この焦りこそが魔法を使えなくしている原因なのではないかと思うくらいに。
(いや、じゃなくて、魔力そのものがなくなっているって言ってたじゃん。焦り云々じゃないって)
アルベドには出て行ってもらっちゃったけど、もっと詳しく聞くべきだっただろうか。他社の視点が欲しかった。この状況を大丈夫だといってくれるのではなくて、ただ向き合って、最適解というか、ほしい言葉をかけてほしい。いや、これも横暴だ。
「なんで?」
なんでなのか。
先ほども、自分が最近ストレスをため、酷使したせいだとも思ったが、それで魔力がなくなるなんてことありえるのだろうか。体調が悪かった機能は、体が作り替わっている最中だったから? それとも別に要因が? すべてわからない。ただ言えることは、今の私はとんでもないお荷物ということ。
これをエトワール・ヴィアラッテアに知られでもしたらそれをチャンスだと責められるだろう。それではいけない。
その秘密だけは何としても死守しなければならなかった。
エトワール・ヴィアラッテアの行動もわからないし、そして召喚されるであろうトワイライトのことも。私は自分で何とか出来ると思っていたが、やはり誰かの力を借りざるを得ない状況なのではないかと。
しかし、これ以上アルベドをに負担をかけるわけにもいかないし、何よりも彼がまた私を守ろうと無理をする気がしてそれも嫌だ。守られたくないわけじゃなくて、困難は分割せよじゃないけれど、私だってアルベドの役に立ちたいから。二人でどうにかするって決めたから、二人でどうにかしたかった。けれど、その夢も潰えてしまう。私が魔法を使えないことによって。
「なんで、使えないの?私が何かした?」
悲劇のヒロインぶりたくない。それは、エトワール・ヴィアラッテアと同じだと思うから。それに逃げてしまったら終わりな気がするから。
だったら、どうすればいいか。ものに当たるなんてしたくない。かといって、これ以上自分を追い詰めてしまえば、それもそれで……
「……」
手を握っては見るが、やはり魔法は使えないようだった。魔力が集まる気配もしない。先ほど集まったのは、本当に体に残ってていたカスほどの魔力が集まった結果だろう。そよ風すら吹かせられないほどの魔力。そんなからっからの魔力しかなかった。あれは、残っていたにすぎないから、本当になくなってしまったのだろう。一夜にして。
「……どうすればいいの?」
夢に出てきたリースはそこまで知っていただろうか。あるいは、こうなることを予見していただろうか。もしそうじゃなかったとするなら、助けるからと言っておきながら、何もできなくなった私を見てどう思うだろうか。リースのことだから失望はしないだろう。あるいは、リースが魔力を持って行った? その線はよくわからない。
いえることといえば、本当にこれは重大な欠陥で、魔力があることで私を見てくれていた人たちが私から離れていく可能性だってあるわけだ。
自分が特別だとは思わないけれど、特別になれないのであれば……
私はある人物の名前をよんでみることにした。使い魔でもなければ、決してそんな関係ではないけれど、もし、彼に私の声が届くのであれば、なんだろうが、力をかしてほしかった。
「ベル……」
「はいはーい、よんだっすか?」
名前を呼べば、どこからともなく現れた藤色の悪魔ベル。彼が現れた瞬間、カチンという音が日々き、部屋全体に魔法がかけられたことが分かった。悪魔だから何でもできる。それも、体を得て、この世界にとどまることができた悪魔だからこそできる芸当だ。魔法をかけてくれたことで、誰にも邪魔されず、また、ベルの存在が誰にも知られなくなったのは大きいと思った。まあ、何かあってもベルは個人的に記憶を改ざんさせられるとは思うけれど。
それにしても、本当に呼びつけた瞬間来るなんて、まるで私を監視しているようだった。
「呼んだ……けど、ほんと、アンタどこから出てくるのよ」
「どこからでも。まあ、ステラちゃんの使い魔ってわけでもないんで。つながりとしては薄いっすけどね。それで?ほーああ、ほうほう、理解したっす」
と、ベルは私が何を言わなくとも状況を理解したようで、面白そうに顔を歪めた。彼にとって、これは面白いことらしい。
けれど、呼び出して思ったが、彼の想像を超えられない存在になってしまったら、愛想鬱化されてしまうのではないかと。彼は味方だとは思っていないが、お助けキャラという認識ではあるので、彼にとって興味のない存在になってしまうことは避けたかった。
「大丈夫っすよ。今回は、かなりイレギュラーなんで。それに、俺もそんな心無い悪魔じゃないっすから」
「悪魔なのに?」
「信用できないっていうのは、わかるっすけどね?でも、別に、ステラちゃんを陥れようとは思わないし、俺は、別に冷めやすいタイプじゃないっすから」
「……」
「安心してくださいっす」
ベルはそう言って、頭を下げた。
悪魔に頭を下げられるという何とも不思議な感覚に私はどう対応すればいいかわからなくなるけれど、彼が気にかけてくれたんだろうということが分かり、胸をなでおろす。しかし、魔法が使えなくなったことは、やはりいいことではないので、気分は浮かない。ベルもそれを理解しているのか、笑わないでいてくれたし、同情のような表情を見せてもくれた。悪魔だから、と言ってしまうのは許してほしいと思ったが、彼も彼で人の心の痛みが理解できるのだと、そこにも驚いてしまう。
どちらにしても、すぐに状況を理解してくれる人がいてよかったとは思う。
「アンタと契約したら、魔力が使えるようになるなんてことはないの?」
「悪魔との契約ってステラちゃん対価払えるんすか?」
「……」
「それに、ステラちゃんの目的は、元の世界に戻すこと。俺と契約したら、幸せな未来はないっすっよ。あの皇太子殿下との未来も。一緒に死ぬこともできなくなる。悪魔との契約は、魂を売るという行為と一緒っすから」
「そう、かもだけど……そうだね」
何も言えなくなる。一つの可能性として考えてみたが、それはお勧めできないと、悪魔から言われてしまい、私は何も言い返せなくなった。
目先のことにとらわれて、大切なことを見失いそうになっていた。それではいけない。だって、リースとの未来が私の望むものだから。ベルが言ってくれなかったら強引に進めていたかもしれない。それに、そんな私をベルは見限るだろうし。
「あくまでもわからないことはあるっすよ。今回のステラちゃんのそれ……俺にも理由がわからないんす。なんで魔法が使えなくなったのか。魔力がなくなったのか。まるで、ステラちゃんの心を守るように、魔力がなくなったっていえばいいっすかね」
と、ベルは不思議そうに私にそういうと、ふと私の周りを指さしたのだった。




