278 魔法が使えない
「今お前、魔法使えるか?」
「え、魔法?なんで?」
アルベドの質問を私はすぐに理解することはできなかった。何を当たり前なことを言っているのだろうと思ってしまったからだ。魔法が使えないわけがない。だって、この体は初代聖女のものであり、魔法が使えなくなるなんてことないはずだからだ。魔法の根源的なものが枯れる、なんていう話は聞いたことがない。
けれど、アルベドの目はいたって真剣で、どうなんだ? と聞いてきたため、私は自身の身に起きていることが、もしかしたら思っている以上にやばいものなのかもしれないと思い恐ろしくなった。けれど、それをどうこうできもしないので、とりあえずアルベドに言われた通り魔法が使えるかどうか試してみようと思った。
(すごく嫌な予感するんだけど……)
アルベドに言われたということは、もしかしたら……ってこともあり得るわけで正直試したい感じはしなかった。もし使えなかったら……そう考えたら恐ろしくてたまらない。でも、意を決して私は体の中心に魔力を集めてみる。
「……魔法つかえ……え?」
手に集まった小さな光の玉。しかし、それは力なくしゅんと消えてしまったのだ。私は目の前で起きたことが理解できず、頭の上でクエスチョンマークを飛ばしていた。だって、こんなこと一度もなかったから。
何度か魔力を集めてみようとするものの、先ほどよりも魔力が集まりにくくなり、しまいには、魔法そのものが使えなくなってしまった。異常事態に、私は現実を飲み込めず顔が青くなっていくのが分かった。変な汗が噴き出て、呼吸困難にでも陥りそうな勢いでもう一度魔力を集めようとする。
「やめろ」
「い、今は調子が悪くて。でも、魔法が使えないなんてないから」
「いい、わかってんだろ?」
と、アルベドは私に諭すように言ってきた。アルベドは初めから分かっていたのかもしれない。
彼の大きな手が私を包み込んで、大丈夫だと、彼は首を横に振る。無理するなと、これ以上傷つかないでくれと、そういってきているようで、私は申し訳なくなって手を下ろした。その顔が、私に見せたリースの顔と重なったから。あるいは、そんな顔を大切な人にさせたくなかったから。
手はおろせたが、動悸は激しくなるばかりだった。呼吸をするのもやっとで、魔力がないことで何か身体的に異常が起きているのかもしれないとそう思うくらいには。けれど、それはたぶん、魔法が使えないことでパニックになっているだけだろうと自分を落ち着かせようとする。
(落ち着けるわけないじゃん……)
どこから? いつから?
そんなことばかりが頭の中をぐるぐると回って、答えを出してくれない。自分で理解できていないのだから、答えが見つかるわけもないのに。そうはわかっていても、私は魔法が使えない自分というのが受け入れられなくて、顔を上げることができなかった。
リースの記憶を取り戻す手がかりを掴めた。でも、それと同時に魔力を失ったなんて……リースを助けるにも、エトワール・ヴィアラッテアと対峙するにも、私の魔法は必須になってくるだろう。グランツを取り戻せなければ、魔法が使えたとしてもどうかとはなるが、魔法は使えたことに越したことない。また、フィーバス卿だって私が魔法が使えたほうがいいと思っているし、知れを見込んでくれているのに……
「どうして……?」
「原因はわからねえ」
「アルベドは知っていたの?」
「知ってたっつうか、もしかしたらッて思ったんだよ。だけど、まさか魔法が本当に使えなくなってるとはな……」
「私、今どんな状況?」
アルベドは、深刻そうな顔になって言う。そんな顔をされると、ますます怖くなって、私は何も言えなくなってしまった。もしこのまま魔法が使えなかったら? 魔力が戻らなかったら? 最悪の想定ばかりしてしまって、影が差す。何者かが、黒い何かが私を包んでいく。そんな感覚に陥ってしまう。
だめだとは思っていても、マイナスにならずにはいられなかった。
本来使えるものが使えなくなるということはそういうことだ。魔法、昨日までは使えていたはずなのだ。でも、昨日から……その前から確かに体の不調はあった。けれど、魔力は消耗するが、回復するものでもある。今はつかえないだけ……そう思いたいのに、なんだかそんな気もしない。
立てなくなったのも原因の一つか、体に力が入らないのも原因の一つか。わからない。でも結局、いろんな要素が加わったうえで、重なり、重なっちゃったうえで、こうなったんだろうな、とはなんとなく思った。思いたくもないけれど。
まだ、恐ろしいし、否定してほしいという意味で、私はアルベドに尋ねることにした。どんな状況? という、私の言葉足らずな質問に対し、アルベドはさらに顔を歪めて、言いにくそうに口を開いた。
「……魔力を一切感じない」
「え?」
「魔力がない人間になっちまったみたいだ。でも、変な気はする」
「へ、変なきって……」
「平民が普通魔法が使えないのはわかるだろ?そもそも、魔力がないことが関係してるが、それと似たような感じだ」
「魔力が……平民と同じ……」
平民を馬鹿にする意図は決してない。だが、アルベドが言うのであれば、本当に魔力が空になってしまったということだろう。使い切ったら、死ぬ――ともいわれている魔力。けれど、それとはまた別の意味を持っている気がしてならなかった。
魔力がそこを尽きたら死ぬのだから。だから、問題はそうじゃない。
(体が作り替わった?でも、そんなこと……)
だってこれは、初代聖女の体であり、魔力は無限大。湧き水のように湧いて出てくるはずなのに。確かに使いすぎると反動で体が重くなったりはするけれど。でも、これは違う……
「なあ、ステラ」
「……」
「おい」
「…………ごめん、今すっごく動揺してる」
「いや、悪い……そうだよな。追い詰めてどうすんだよ、俺」
アルベドは、消えそうな声でそういうと、髪をくしゃりと掴んだ。彼も彼で、考えた結果、こういう言い方になってしまったのだろう。慌てているのは私だけじゃない。それは、私が戦力外になったということではなくて、身体的に心配しているのだろう。魔力がなくなったことがどう影響するのか。本来であれば、それはしも同然であるから。アルベドはそういう意味で心配してくれているのだろう。
その気持ちは痛いほどわかるから、彼を責めようとは思えない。
自身の手のひらを見て、再度魔力を集めてみようと試みるが、やはり反応がない。本当に体からごっそりと抜け落ちてしまったような、誰かに抜き取られてしまったような感覚がする。エトワール・ヴィアラッテアに? とも思ったが、彼女はそこまでできないだろう。やったとしても、光魔法と、闇魔法で反発してしまって彼女にもデメリットがある。だから、その線は薄い。ならば、誰が? というか、なんでこんなことに?
使いすぎ?
それだけでデータみたいに制限されるなんてことあるのだろうか。なくなったといっているしそれも違うし……考えれば考えるほどわからない。ただ一つ言えるのは、この状況がいかにまずいかということ。身体的にも、精神的にも、だんだんと追い詰められていってるような気さえする。
「ある、べど……」
「何だ、ステラ。俺にできることなら……」
「大丈夫。私は大丈夫だよ。でも、もう少し、冷静になりたいというか……ちょっと、一人で考えたい、かも」
「そう……だよな。わりぃ」
「アルベド!でも、心配してくれたことは嬉しいから、その、アルベド自身は、自分を責めないでほしいかも。というか、責めないで」
「ああ」
アルベドはそういうと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。少し強がって言ったけれど、彼にはお見通しだったのだろう。
彼がいなくなった後、とたんに孤独にさいなまれる。体をぎゅっとつかんで、震えを抑えるように小さくなる。
「どう、しよう……」




