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276 記憶のかけら




 本当は嬉しいよ。信じられないけれど、でも、そこにリースがいることが。夢の中に出てきてくれたこと。そして私と話してくれていること。すべて嬉しかった。信じられなくてごめんという気持ちはありつつも、私はリースに近づきたくて一歩踏み出した。けれど、足元がぐらついて倒れそうになる。頭痛もする。まるで、その先に行くな、行かせないとでもいうような痛みに、私は顔を歪めた。

 きっと、現実でまだ彼の心を取り戻せていないからだろう。そんなことを思いながら、彼がここに来た理由を聞こうと思った。

 彼が私の作り出した幻影でもなく、夢でもない。私が連れてきた、私が思い出させた断片。それを大切にしたいと思ったのだ。




「それで、リースは何を伝えに来てくれたの?私への鼓舞以外に……」

「そうだな、何から話せばいいか……俺も、あまり時間がない」

「時間がたったらいなくなっちゃうとか……?また、記憶が0になるとか?」

「それはない。お前のおかげでだいぶ戻ってきてはいる。だが、そのカギをどうにも開けられそうにないんだ。お前がいたとしても、難しい」




 と、リースはよくわからないことを言った。けれど、なんとなくそれが記憶を取り戻すうえでの話なのだと私は察し、視線を下に落とす。これまでやってきたことがすべて無駄だったわけではない。しかし、決定打がないというか、私しか記憶を取り戻せないはずなのに、それが難しいとなると、誰が記憶を取り戻せるというのだろうか。

 また暗い気持ちになりそうなところを何とか持ち直し、可能性がないわけではないのだと、私はリースのほうを向く。一瞬驚いた顔をしたが、ちょっと呆れたようにリースは笑いすっとルビーの瞳を向けた。彼の足元には遥輝が映っている。リースの中に遥輝がいて、エトワールの中に私がいる。鏡合わせというか、この不思議な空間にやはり何か言いたくなるがそれもぐっと飲み込んだ。




「記憶を取り戻すことは不可能ではないと思う。だが、簡単ではないという話だ」

「洗脳……記憶が封じ込められているから?」

「ああそうだ。俺の意識も、記憶も深く沈んでいる。それを引っ張り上げるのはかなり手間がかかりそうだ。それに、お前も、俺に呼びかけ続けると、体調を崩すんだろ?」

「うっ……体調を崩すというか、何というか。でも、リースのためなら」

「無理はするなといった。それだけは守ってほしい」




 珍しく強い口調で言うので私は言い返せなくなる。

 ちょっと大人びているというか、久しぶりだからこんなんだったっけ? とも思ってしまい、なんだか会話がうまくいかない。それでも、しっかり話せていて、何か月も離れ離れになっていたとは思えないほど機能ぶりに話したような感覚だった。ずっと一緒にいたわけじゃない。でも、長いこと私たちは恋人で、一回分かれて、それからまた付き合って。そうしたから、感覚がおかしくなっているのかもしれない。




(でも、不思議と嫌じゃない……)




 これが私たちだった、私たちの関係だったといえるからこそ、私はこれに心地よさを感じていた。でも、長いこと続かないだろうと、それは知っている。これが夢である以上はいつか覚めるものだから。

 リースは覚める前に話すといっていた。ということは、彼は私をこの場にとどめてはくれない。別れが来ると。でも、記憶を取り戻すことができたらまた一緒に。




「わかった。無理はしない。でも、でも……アンタが消えるようなことがあったら、力づくでも、命に代えてでもアンタを取り戻したい」

「エトワール……」

「アンタにもらったものいっぱいあるから、それを返したいっていうか。返すっていうか、その、私も答えたいの。アンタを好きになったこと、好きって自覚してから、ずっと恥ずかしくて、でも好きで、ぐちゃぐちゃになりながらもどうにかアンタの隣に立ちたくて。私は、ほら、偽物の聖女とか言われて、周りから歓迎されなくて。そのせいでアンタも実害あったじゃん。その……でも……」




 言葉をどうにか咀嚼して伝えようとする。飲みこんで、かんで、かんで、かんで……

 でも、言いたいことなんてとてもシンプルだった。




「隣にいたいよ。アンタと結婚式あげるんだもん」

「そうだな。エトワール……」




 泣きそうになった。それがいいたかったというか、これからもずっと一緒にいようって言いたかったというか。でも、伝わったみたいでよかった。もっとうまく言えたらよかったのに。それと、夢ではなく現実で言いたかった。リースがずっと口にしてくれていたように、私も言葉で彼に伝えたいことがいっぱいある。いろいろあって、結婚式の話だって全然できなくて。そもそも、歓迎されていないからとか、まだまだ悩むことはいっぱいある。

 でも、彼はそんな私の言葉をずっと待っていてくれる。

 一歩ずつでも、彼は私の言葉を受け止めて、解釈して返してくれる。自分の語彙力の低さに嫌気がさすし、オタクの話ならべらべらといくんだけど。

 私は涙をぬぐってリースを見た。時間は有限。




「アンタが夢に現れたのは、私がアンタの記憶を取り戻せたから?でいいの?」

「性格には、思い出すきっかけを作ったというか……まあ、閉じ込められていた鍵の隙間から抜け出したといえばいいか。むずかしいな。だが、お前のおかげではある。それで、こうしてお前の夢に出てこれたってわけだ」

「じゃあ、やっぱり本物で……」

「まだ疑ってるのか?」

「そうなの!だって、リースは知らないだろうけど、いろいろあったんだよ?もう本当にいろいろ!だから、だから、いっぱい……その!」




 話していたら夜が明けてしまうだろう。これまで何があったか、一から十まで説明する時間なんてない。でも、記憶を取り戻したら聞いてもらうって決めている。リースが嫌がってもこれだけは聞いてほしかった。

 リースは少し傷ついた顔をしていたが、すぐに元に戻って髪を耳にかけなおす。そのしぐさがめちゃくちゃかっこよくて鼻血が出そうになって抑えた。




「おい……」

「ごめんって!だって推しの顔でそんなことされたら、いや、アンタだからね!?だから、めっちゃ興奮するんですけど!?」

「いつもの巡だな……まあ、元気そうでいいが」

「元気に見える?」

「いや……いろいろあって、疲れている顔をしている。だから、手短にするな」

「手短じゃなくていいんだよ。もっと話していた……い。けど、無理なんでしょ」




 ああ、と答えて、リースはすっと私のほうに手を差し出した。その手を取れるわけもなく、私はじっとそれを見つめ返し、彼の手のひらから現れたシャボン玉のようなものを見つめる。




「何これ?」

「俺が持ち出せた俺の記憶だ。それを今お前にやる。だから、エトワール、これを使って、俺にまた呼び掛けてほしい」

「さっき、呼びかけるの意味ないっていったじゃん」

「いったが……これは、内側からと外側から呼びかけることで真価を発揮するものだ。いってしまえば、持ち出した俺の外の記憶と、中の記憶が共鳴して鍵が開く……みたいな」

「ま、まあ、いいたいことはわかったけど」

「それと、これには一つ条件がある」

「条件?」

「ああ、身体的接触だ」

「し、身体的……」

「変なことじゃないからな!?その、ハグとか、手をつなぐとか……だ」

「な、なるほど」




 本当に付き合いたてのカップルみたいで恥ずかしくなってきた。けれど、リースはそう言い終えると、私のほうにシャボン玉を飛ばし、そのシャボン玉は私に触れるとぱちんと消えてしまった。でも、中に彼の温かさが入ってきた気がして、消えたわけではないのだとわかる。

 私はあわててリースを見た。なんだか消えてしまいそうな気がしたから。




「り……」

「待っているぞ。エトワール。お前が、俺の記憶を取り戻してくれること。俺の記憶はお前の中にある。どうか……無理をしずに……」

「リース!」




 水に溶けるように彼の姿は消えてしまった。それと同時に、金縛りから解けたように私は前へ足を進めることができたけれど、時すでに遅し。そして、白い空間は歪み、崩壊を迎えたのだった。




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