275 夢の中で彼に逢う
「んん……あったかい、それと、花の匂い?」
温かな太陽の匂いで目が覚める。そして次に花の香高いにおいが鼻腔を刺激する。最高の目覚めといっても過言ではないが、それにしては、体が軽いような気がした。何というか、まだ夢の中にいるような感覚に首をかしげながら体を起こす。体を起こして私はい驚いて、その場でのけぞった。
「え……!?」
お化けでも見ているような感じだった。だから、これが夢だと気づくのには時間がかからなかったのだ。
手だけでわかったわけじゃない。手のひらなんてそんないつもじっくり見ているわけじゃないんだから、気づかない。ではなぜ気付いたかといえば、見慣れた服装に、長い銀髪が目に映ったから。それは、私がエトワールだった時のもの。だからといって決めつけるのは……と思ったが、これもなんとなく、絶対にエトワールの姿になっていると私は気づいてしまった。
「……なんで?いや、夢だからおかしいことは何もないんだけど……」
こんな夢をみるなんて相当疲れているんだな……と思ってしまう。体の不調もあって、こんな夢をみているんだ、と私はその場にしゃがみ込む。おしりをついて、地面と言っていいのかわからない、鏡のような床に手を付けて、この夢が覚めのを待った。
しかし、いつまでたっても夢から目覚めないのだ。
嫌な予感がして立ち上がれば、ぽちゃん、という水の音ともに、足元に波紋が広がる。鏡のようだった床は、水面だったようで、私はその水面に浮いている形でその場に立っている。
夢だから、といえればいいのだが、これもまた、現実っぽさがあり、気持ち悪さがぬぐえなかった。
こんな夢をみるなんてどうかしている。そして、この夢をみるということは何か理由があるのではないか。そうかんくぐってしまうのだ。
「誰かいるの?」
と言ってみるが、誰もいない。声に反応してか、波紋が広がるが、果てしなく白い空間が続いているだけだった。
エトワールの姿になって、こんなところ……思い出せば、トワイライトが作ったような、ファウダーが依然作ったような空間もこんな感じだったのではないかと思った。あの時も、空間を切り取ったように、精神世界をつなげたような感じで……
そんなふうに思っていれば、足元で誰かが囁いた気がして、下を見てみると、そこにはエトワールの姿ではなく、天馬巡の姿をしている私が映っていた。大声で飛び跳ねそうになったが、足元の私は、私が動くと鏡のように動いた。足元から引きずりおろされるんじゃ……という恐ろしい考えは拭い去ることができたものの、やはりまだ不安がぬぐい切れていないというか。
「ねえ、私、なんで私はそこにいるの?」
自分に問いかけるなんて変だ、と思いながらも私は尋ねてみた。すると、足元の彼女もしゃがみ込んで「なんで私はそこにいるの?」と返してきた。鏡に尋ねるとおかしくなるというが、今まさに、私は危険な橋を渡っているのではないかと錯覚させられる。声が返ってくるなんて思ってもいなくて、私は固唾をのむ。夢だから何でもありだというのだろうか。それとも、ほかに理由があるのだろうか。質問はそのままそっくり返ってくるだけで、私も、足元に映った彼女も答えようとしなかった。そうして過ぎていく時間。私は夢から目覚めることができずにいた。
「……はあ、夢なら覚めてよ」
「本当にいいのか?」
「え?」
私の言葉にこたえるよう、そう言葉を発したの聞きなれた声。そして、なんで彼がここにいるのだと私は声の主のほうを見る。
眩い黄金にルビーの瞳、その瞳が私をとらえている。少し不機嫌そうな顔をしていて笑っちゃいそうになるけれど、笑えなかった。だって彼がそこにいたから。
「リース……?」
夢だから、都合のいい夢だからリースが現れたのだろうか。それにすると、リアルだけでど、私が喜ぶような感じではない。ちょっと不機嫌そうなのが証拠だ。彼と夢がつながったのかも……とかも思ったが、あまりその線は考えられなえい。
会えてうれしいという気持ちと同時に、彼は本当にリースなのかと疑ってしまう。それはあの肉塊の中で偽物が現れたから。私の精神を揺さぶって、闇に沈める魂胆かと思ってしまったのだ。
しかし、リースは首をかしげるばかりで何も言わなかった。リースってそういえば、そういう人だった……そう思えればいいのに、私の中のリースがだんだんと変わっていっているような気もしたのだ。彼と離れていたからだろうか。私がリースを信じれなくて、誰がリースを信じるのだ。そう言い聞かせてみるけれど、あまり効果がないようにも思えた。自分が薄情な人間になった気がして、それも嫌で、どうしようもなくなる。
そうして、ふと彼の足元を見ると、リースではなく遥輝がそこに映っていたのだ。となると、彼は本物なのだろうか。私が見せた幻だったとしても、彼に話を聞いてもらうことができるのではないか。けれど、一歩前に踏み出せない。
「リース……」
「これはお前が見せている夢だ」
「え……えっと」
「お前は頑張りすぎだ。わかっている。俺のために頑張ってくれていることも。だが、傷つくのを見ていられない」
「ちょっと待って、夢だって言っているのに、なんでそんなこと言うの?」
夢ならば、頑張ったね、といって、また頑張ってというものじゃないだろうか。だって、それが私の意志だから。
いや、私はもう頑張ってほしくないってリースに言ってほしいのだろうか。
「本当に夢?私見せている?」
「お前がどう受け取るかは知らない。俺のこと偽物だって思っているのかもな。ただ、お前が作り出したリース・グリューエンであり、朝霧遥輝だ。それは変わらない。確かに、傷つくのは見ていられないし、傷ついてほしくないとは思っている。頑張りすぎているお前のこと……」
「私が見せている夢……違う。少しだけ、ほんの少しだけだけど、私が知らないというか、遥輝らしさが出すぎている気がする。だから、アンタは……そう、本物」
周りが信じられなくなって、それでいて精神的にも披露している今、彼を見極めることが私にできるだろうか。そう思ったが、それでも彼を信じているからこそ、ああ、と納得したというか、理解しようとしたというか。
本物だと思った極めつけは、私はリースのこと、遥輝のことを100%理解していないということ。だからこそ、100%再現なんてできないし、100%再現するには、それこそ本人がそこに憑依するか、本人でなければ……と。
だから、ここにいるリースは本物だと思った。私が見せている夢に入り込んできた、本物のリース。理由はわからないが、考えられる線として一つあれが考えられる。この間、リースが思い出しかけたときのこと。あの時思い出しかけたリースの何かが、私の夢に同調しているのではないかと。それもおかしな話だし、信じられるかと言われたら簡単には信じられないだろう。でも、私は信じたかったからこうしたのだ。
魔法がある世界だし、精神的にもつながれる世界だからあり得ると思った。ありえてほしいと。
「本物のリース。思い出しかけて、私の夢にまで現れて……何が、したいの?会えたのは嬉しいけど、でも、アンタは完全に記憶を取り戻したわけじゃない」
私がそう聞くと、リースはどことなく困った表情をしたのちに、顔を上げ、口を開いた。
「ここにいられる時間は少ない。だから、エトワール……いや、巡、聞いてくれ」
「聞くよ。アンタに会えたこと、顔に出てないかもだけどすっごくうれしいんだから」
一つでも何でもいい。彼の記憶を取り戻す方法があるのなら、きっと、リースはそれを伝えるために私の夢に現れたのだと私はそう思っているから。




