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273 離れよう




(アルベドが洗脳されたら切り捨てるって、そんな……)




 考えもしなかった。でも、100%ありえないといえないことが怖かったし、考えたくもなかったから、それをつかれて動揺しているのだろう。あまりにも彼が真剣な表情で言うから、私は怖くなってしまって、口を開いては閉じてを繰り返して、ぐっと強く唇をもう一度かんだ。




(アルベドが洗脳される可能性……ないっていいきれないから……)




 エトワール・ヴィアラッテアの力を見て、もしかしたらアルベドも危機感を感じたのかもしれない。全面戦争とは言い過ぎかもしれないけれど、似たようなことが起きる可能性はあるわけで。それが、近いうちにというのも私たちはひしひしと感じてしまった。いってしまえば、私が始めた物語でもあるから、私が決着をつけないといけないところなのだけど。それでも、彼女とぶつかるにはまだもう少し勇気と時間が必要だとは思った。逃げている暇はないのだけど。

 アルベドを失うことを恐れているのか、それとも、アルベドが敵に回ることを恐れているのか。後者であれば、私はどれだけ心のない人間なんだろうと自分でも落胆すると思う。そういうふうにアルベドを見てきてなかったわけじゃないし、アルベドが強いことを知っているからこそ彼が敵に回れた時、心配するのは仕方がないことだ。

 でも、そうじゃない。

 不安そうに聞くから、私はどうしていいかわからず反応に困った。でも、こういう時、どういえばいいかなんてわかり切っていることだった。




「洗脳されたら……アルベドが、洗脳されたとしても、私はアンタの洗脳を解くために必死になると思う」

「へえ、皇太子殿下じゃなくて俺を優先してくれると?」

「そういうわけじゃないけど……でも、どっちも大事だから。助ける」




 それがたとえ、どっちかを選ばなければならない状況だったとしても。私は、どちらかなんて選べないから。それは、優柔不断というよりも、私が欲張りだから。

 アルベドは、その答えを聞いて、あまり満足していないようだった。自分が選ばれるだろうということはきっと彼は思ってない。心の中で、自分が選ばれることを望んでいたかもしれないけれど、負けるのが見えているというようにも思える。彼の恋心を利用している悪女と指をさされればその通り。でも、それでも私は――




「助けるって決めたし、アンタが私の隣からいなくなるのはいやだから。アンタからしたら苦痛かもだけど、相棒として、アルベドにはずっと私の隣にいてほしい」

「あいつが、嫉妬しても?」

「嫉妬……するかもしれないけど、わかってる。嫉妬すると思うよ。でも、リースに向けている気持ちとアルベドに向けている気持ちって絶対違うと思うから。だから、どっちも大切にしていきたい」

「……」

「これは、アンタのほしい回答じゃないってわかってるし、アンタを傷つけている自覚はある。それでも、欲張りになるって決めたの。前も言ったでしょ?この世界が、例え元の形に戻って、これまでここでやってきた時間がすべてなくなったとしても、私は今できることを、過去に後悔したことをすべて拾い上げるためにここにいるんだって」




 難しいことであり、簡単じゃないし、今ですら手いっぱいなのに、溢れないよう大事に抱え込んでいる。こんな状況を誰が良しとするだろうか。無理だといわれる。むちゃだといわれる。しないほうがいいっていわれる。わかってはいても、私はあきらめきれないのだ。

 いろいろと、つもりに積もった後悔というものがあるから。

 アルベドだって、後悔の一つや二つくらいはあるだろう。でもそれを、目的のために目を瞑っている。そして、どうせ意味がないことだからと後回しにしているのだ。それが正解でもある。私のやり方は横暴だ。




「はあ……ステラってそうだよな。わかってる、わかってるけどよ……」

「アルベド」




 珍しく、彼を悩ませてしまったみたいで、私のほうこそ、心配になって彼を見上げる。くしゃりと紅蓮の髪を掴んで、顔を覆うように片手で隠して。それから、もう一度ため息をつく。言葉にできないような重いため息が上から降ってきて、私はそれらを受け止める準備をする。

 本当に連れまわしてしまって申し訳ないと思う。アルベドからしたら、リースが私に恋心が向いていない素敵な世界かもしれ兄。もしかしたら、みんな今が幸せなのかもしれない。


 幸せじゃないのは私だけ?


 私だって、フィーバス卿っていう父親ができて、アウローラやノチェともであって、いろんな出会いと別れの中に幸せを感じてきた。何度も、今のままでいいんじゃないかって思った。でも、違うっていいきれたのは、そこに私が好きだった人たちがいないから。

 すべて清算して、なかったことにして、目を瞑って、新しい幸せに身を浸すことだってできたのに私がそれをしなかったのは、私にとって本当の幸せは、彼が隣にいることだったから。ここにきてからの数年を私はなかったことにしたくない。なかったって、それが夢だったって思いたくなくてもがいている。そうじゃなきゃ、私はここまでたたかえなかっただろう。




「……つらいならいいよ。私一人でもやるから」

「ステラ……?」

「私のわがままに付き合ってくれる必要はないんだよ。もちろん、アンタの夢に私が必要なのかもしれないけれど、そのせいで傷つくのは見ていられない」

「いや、俺はそんなんじゃねえから……」

「それでも、アンタの顔を見ていると、苦しそうでこっちまで辛くなるよ」




 珍しく、自分の感情を把握しきれていないアルベドを前に、私が言葉をかけられるとすれば、そんなことだ。

 アルベドも、まさか自分がそんなふうになっていると思っていなかったのだろう。私に見せた顔は、本当に弱って、苦しそうな顔だった。顔が歪んでいて、眉が垂れさがっていて。あの満月の瞳に不安が渦巻いている。彼が見せた弱い感情に私は、少しだけほっとした。

 彼が傷つける人間だったこと。でも、傷つけてしまった責任は取らなきゃいけないということ。




(一人でやっていくのはつらいよ。でも、これまでたくさんもらってきたから。その分頑張れる)




 フィーバス卿のもとに帰って、一人で作戦を立てるのもいいだろう。しかし、私の隣にはノチェがいる。だから、アルベドに私の行動は筒抜けになるかもしれない。アルベドとの関係を切るのは難しい。婚約者である以上、婚約破棄をしなければ自由になれない。自分たちが有利に働くために結んだものが、今や枷になっているような気がしてならなかった。

 いつも堂々巡りをしている自覚もあるが、エトワール・ヴィアラッテアとこれから直接対決するとなった時、彼がこれ以上苦しんだらと思うと私はつらいのだ。

 巻き込んでいる自覚があるから。いや、単純に……




「少し私たち、離れたらどうかなって思うんだけど……離れて、いったん冷静になるとか」

「んでだよ……」

「そういう時間を取らないといけない気がする。じゃなきゃ、今以上に詰まる気がするの。思考も、何もかも」

「お前は、一人で何もできねえだろ」

「……」

「頼っていいって俺が言ってるんだ。なんでわかってくれねえんだよ。俺は、お前に頼られたいし、お前に突き放されたくない……俺はずっと、お前を守るって決めてるんだ。誓って……俺は、お前が好きだから、大切だから。お前にこの気持ちが理解されなかったとしても、俺はお前を守るって、俺の中で決めてるだからよ……」

「アルベド……」

「否定すんな。一人で抱えようとすんなよ。それが、一番苦しいだろうが」




 そういって、アルベドは、私を抱きかかえながら、その場に崩れるように膝をついた。




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