271 対立する本物と偽物
「エトワール・ヴィアラッテア……!」
「あらあら、そんな牙をむき出しにして怒っちゃって。まるで悪役ね、私は」
ふわりと彼女は肩にかかった銀髪を振り払い、濁った夕焼けの瞳で私を睨みつけた。蛇ににらまれたカエルのように体が硬直するが、ここで負けてはいけないと、睨み返し、何とか自分を奮い立たせる。
私の目が気に入らなかったらしいエトワール・ヴィアラッテアは、ひどく嫌悪したような目で私を見た後、グランツの頭をまるで人形でも愛でるかのように撫で始めたのだ。グランツは意識を失ったようにくったりとしており、私たちの様子には気づいていないようだった。気を失っているんだから当たり前と言われた当たり前なんだけど。
(じゃあ、さっきのは洗脳魔法ってこと?)
限りなく黒に近いグレーゾーンの闇魔法。光魔法をぶつけたらどうにかなったのかもしれないが、動けない現状それすらできない。歯がゆさを覚え、もう少しで彼の記憶をとりも出せたかもしれないという希望が打ち砕かれた気がした。
にしても、エトワール・ヴィアラッテアは、どうやってここに来たのだろうか。
(闇魔法なら転移も簡単だと思う、けど……)
周りにリースたちがいたのに、闇魔法を使うだろうか。ただでさえ、あの時リースの洗脳も解けかかっていたみたいだったし、エトワール・ヴィアラッテアとしてもかなりリスキーなことをしたと思う。でも、それ以上にグランツの存在は手放してはいけないと思ったのだろう。
私たちとしても、彼を引き入れたら強いと思うし、ブライトだって引き入れたいと思っている。
ただそれは、エトワール・ヴィアラッテアも同じことを考えているから……
「もう、こんなにも洗脳が解けかかってるじゃない。アンタたちのせいね」
「私たちのせいじゃない!そもそも、洗脳をかけるって!」
エトワール・ヴィアラッテアは私の言葉を無視して、グランツの頭に向かって何か魔法をかける。ポッと現れた黒い魔法陣が彼の頭に溶け込むようにして消えていく。初めて見たが、あれが洗脳魔法なのだろうか。まじまじと観察することができず、心苦しさを覚える。あれをキャンセル出来たら、グランツは……と考えるが、これもまた時すでに遅しだった。
グランツの悪かった顔色が一気に晴れやかになり、彼はくったりと眠りについたようだった。私のことまで忘れてしまったらどうしようと思ったが、その場合、いろんなところに矛盾点が生じるので、さすがにしないだろうとは思った。ただ、兵器とか駒とかとして見ているのだとすれば、感情までも彼女は抑え込んでしまうかもしれない。グランツは、そういうのにかかりやすいタイプだと思うから。
(グランツの魔法を切る魔法とか、その体質って、それも彼の感情とか、心身の疲れによって発動しない場合もあるってこと?)
前は、グランツに治癒魔法をかけたとき回復が遅かった。無意識に、魔法を弾き飛ばしていたからだろうと思っていたが、今回の場合は、気を失っているから、エトワール・ヴィアラッテアの魔法にかかってしまったのか。それとも、彼がそれを受け入れるという姿勢をとったから魔法がかかったのか。どちらにしても、よくわからなかったが、グランツは魔法がかからないわけじゃなくて、かかりにくいだけなのだろうと。じゃなきゃ、まず転移魔法だって切ってしまうはずだし。
いらぬ考察を交えながら、エトワール・ヴィアラッテアがここに来た目的と照らし合わせ、私は彼女を再度見る。
「本当に、アンタはずっと私の邪魔をしてくるわね……」
ぎりっと奥歯を鳴らし、私を睨みつけた彼女の瞳には光が宿っていなかった。
私はそれを見て、背筋が凍るが、被害者は自分だとでも言わんばかりのその態度にはあきれ、こちらも怒りがこみあげてくる。グランツをもののように扱うのもそうだけど、何よりも、彼女の愛という姿勢が私は気に入らなかった。もちろん、大好きな人たちを取られたという怒りも含まれているが、それよりも、努力してこそ愛を得られるのではないかと私は、この世界に来て知ったから……
「アンタは偽物の愛におぼれて幸せなの?」
「愛されるなら、どうだっていいじゃない。アンタだって、愛されたいって心の底から思っているくせに」
「思ってる。それはアンタと一緒かもしれない……でも、私は努力しようと思った。愛してくれる人にこたえるため、愛されるためにとは思わないけれど、胡坐をかくような愛はやめたの」
「それで愛してもらえなかったら、本末転倒じゃない」
と、エトワール・ヴィアラッテアは消えそうな声で言う。彼女は人から愛されることを知らないからそう言ってしまうのだろう。かわいそうな人だとは思うけれど、だからと言ってその道に進んでしまったら簡単に戻ることはできないと思う。
それを、エトワール・ヴィアラッテアは知らないし、それでもいいと思っているから。
(かわいそうな人だけど、かわいそうだからって同情ばかりしてあげられない。こっちだって被害者なんだから)
被害者という言い方は自分的にも好きじゃなかったけれど、言ってしまえばそうで、クレーマーみたいに言われるのはちょっと違うと思う。
「本末転倒って……愛されるってそんな簡単なことじゃないと思う。人の心って操れないのが基本だから。だから、アンタのやっていることは間違っている」
「間違っているかどうかじゃないの。自分がそうしたいからそうするのよ。わからないの?」
「……」
話にならない。
悪役として生まれてきた存在だからか。こちらの声など届く感じもしない。エトワール・ヴィアラッテアのルートがあって、悪役を幸せにできるといっても、それはプレイヤー自身が善人で、絶対に攻略してやるぞ! という気持ちがあって憑依するからであり、エトワール・ヴィアラッテア自身が幸せになれるルートはないのではないかとすら思ってしまう。それはかわいそうなことだとは思うけれど、それでも、私たちにしてきたことは、普通は許されないことだし。
現に心を操ってでも彼女は愛を得ようとしている。それはやはり間違っていると思うのだ。そんなの、アクセサリーのようなものではないかと。
「まあ、いいわ。彼は返してもらう」
眠らせたグランツを指でふいっと浮かせると、彼は魔法陣によって吸い込まれ消えていった。かのじょがしていしたざひょうにでもとばされたのだろう。あ、といきつく暇もなく吸い込まれ、彼の記憶がもう少しで取り戻せそうなところで彼女に奪われてしまった。
彼女がここに来るのは想定外だった。また、ここを知っていたという事実すらも……
(違う。それは、魔法かなにかで追跡したに違いない。じゃないと、アルベドの家なんて知っているはずないし、遠いから……)
手段や方法はどうでもよかった。よくないのは、彼女にグランツを奪われたことだけ。
やはり、彼はエトワール・ヴィアラッテアにとって切り札的存在なのだろう。誰でも彼のように魔法を切ることができればいいのだがそうはいかないから。
「でも、今回のことで決めたわ」
「な、何を?」
「私はアンタたちをつぶすって。これ以上、私の幸せを奪われたくないからね」
と、エトワール・ヴィアラッテアは私に宣言する。いつか裸の王様になるかもしれないっていうのに、よくもまあそんな宣言ができると驚くけれど、彼女の目は本気らしかった。
「邪魔しなかったらそのままにしてあげようと思っていたのに、残念だわ」
そういって笑ったエトワール・ヴィアラッテアの目は、まったく笑っていなかった。




