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270 わからない、わからない




「――ステラ様の婚約者は皇太子殿下だ!」




 空気が凍る。凍り付く。凍てつく……

 その言葉を待っていたというように、アルベドは愉快そうに口角を上げていたけれど、彼が矛盾を口にしたことで、私ははっと彼のほうを見た。だって、それを言うとは思わなかったから。それだけじゃなくて、それを口にしたということはグランツは――




「今、俺は、何を?」

「……へえ、ステラは俺の婚約者じゃなくて、皇太子殿下の婚約者だって言いてえのか。でも、おかしいよな。皇太子殿下には婚約者がいるんだぜ?なのになんで」

「……それは」




 グランツは剣を落としかけてぐっと柄を握りなおすが、もう片方の手では額に手を当てて、自分が言った矛盾についてどうにか答えを出そうとしていた。必死に汗を垂らして考える姿を見ると不憫に見えてくるが、彼の頭の上の好感度がちかちかと点滅し始めたので、私はもう一押しで思い出してくれるのではないかと思いその瞬間を待った。南京錠が現れる。あのカギが開きさえすれば、彼の記憶は元通りになるだろう。

 アルベドもそれを狙っていたのか。




(初めからかはわからないけれどね。アルベドは、めちゃくちゃグランツに恨まれているけど、恨まれる理由は本来ならないはずなんだから)




 恨まれるように仕向けたといっても過言ではない。

 グランツに真実を教えないために、自分がグランツの中の悪役を買って出た。だから、グランツとアルベドは仲が悪い。アルベドからしたら、兄弟げんかとかそこら辺にしか思っていないのかもしれないけれど、はたから見たら、それはかなりの憎悪で、殺意で。向けられたらたまったもんじゃないとは思うんだけど。アルベドの懐が広いというか、きっと、ラヴァインと重ねているんだろうなということがわかってしまい、アルベドはグランツに恨まれる道を進んだ。

 そして、少しのわだかまりの解消、それでもアルベドを恨み続ける。それは、闇魔法を扱う人間だから、とグランツは一生涯アルベドを恨むことを決めた。アルベドもそれを許諾した。けれど、二人の中で決着がついて、そんな関係でも協力するときは協力しようと……それが前の世界で完成したアルベドとグランツの境地だった。

 それがまた一からになってしまったことは、アルベドにとってもかなり痛いことだったと思う。何度恨まれればいいんだって私だったら言いたくなるから。




(グランツ、お願い思い出して)




 私は祈ることしかできない。早く思い出して、前のような関係になりたいのに。やはり、最後の一歩が推せないというか、何かが足りないのだ。ラヴァインはそもそも、エトワール・ヴィアラッテアとの接触が少なかったから簡単に思い出してくれたのかもだけど、ブライトとか、グランツ……もっと言えば、リースなんかはエトワール・ヴィアラッテアと近いところにいるから簡単には思い出してもらえないのだ。

 わかってはいるけれど、それが理由であるのなら、本当にこちらとしては……




「俺が、婚約者じゃないって言いたいのか。それとも、俺がステラの婚約者にはふさわしくねえって言いてえのか。まあ、どっちでもいいけどよ。ちゃんと根拠持っていってくれねえと、こっちはいわれ損だが?」

「黙れ……どっちにしても、ふさわしくない。ステラ様には」

「だったら、皇太子殿下がふさわしいっていうのか?」

「それは、皇族への侮辱ですか?」

「テメェには関係ねえ。誰も聞いてないんだからノーカンだ」




 と、アルベドはむちゃな理論を並べるが、近衛騎士団に所属し、聖女の護衛を任されているグランツからしたらそれは死活問題というか、皇族への愚弄、侮辱は誰であっても首がはねる案件だ。それこそ、反逆者として見られてもおかしくないわけだし。

 グランツはそれを理由にアルベドを追い詰めようとしていたけれど、それも簡単にいかない。グランツ自身も、リースのことをあまり好いていないように思えたから。




(水掛け論というか、鏡に話している感じがして嫌になる……)




 私もそれに突っ込みたいのだが、やはり体が万全じゃないため口を開くことがどうしてもおっくになってしまっていた。ここは、アルベドに任せて私は行く末を見守るのが正解なのだろうが、何か引っかかる。

 グランツの洗脳は溶けかかっているのに、どうしてグランツは正解を導き出さないのか、また何を迷って口にできていないのかということだ。




(エトワール・ヴィアラッテアが、何か干渉してきている?)




 さっきは、洗脳が解けかかった人間は不要とするだろうと思っていたけれど、エトワール・ヴィアラッテアからして、新たな護衛を作るとかは考えられないというか、考えるつもりはないのだろうというか。どっちにしても、グランツは手元に置いておきたいに決まっているのだ。だって、魔法を切ることができる魔法なんてレアだし、エトワール・ヴィアラッテアからしたら、そんなユニーク魔法が使える相手が敵に回ったらエトワール・ヴィアラッテアとて、痛手だと思うから。




(でも、肉塊の攻撃は魔法じゃないのよね……)




 少し話は戻るけれど、肉塊の攻撃は魔法じゃなかった。あれは、混沌とつながっているから、混沌特別の魔法みたいなもので攻撃してきているのではないかと。以前、グランツが肉塊に対してあまりいいかんじに攻撃できなかったのがその証拠で、エトワール・ヴィアラッテアも、混沌の一部をはく奪したから使えるのではないかと。




(だったら、グランツはいらない……でも、その境目にいるから、エトワール・ヴィアラッテアとしては、グランツを手ごまに置いておきたい……)




 本当に傲慢というか、強欲というか。この間まで、その顔で生きてきたから、自分の評価まで下がりそうで嫌な気持ちになる。そんなことは考えなくていいのに、今は目の前のことに集中すればいいのに気がそぞろになるのだ。




「それで?答えは出したかよ」

「答え」

「自分で言ったじゃねえか。ステラが皇太子殿下の婚約者だって。俺と正式に婚約を結んでいるのに?そう思った理由だよ。答えを出せ。グランツ・グロリアス」

「……なんで、か」

「グランツ!」

「……ステラ様」




 彼の目に映ったのは、ステラだっただろうか、エトワール・ヴィアラッテアだっただろうか。前の世界の私の姿だったらいいのに、なんて思いながら私は彼を見つめた。ようやく開かれた口は、絶対に答えを言ってくれるだろうという変な確信があったのに、次の瞬間、また彼は頭を抱えて苦しみだしたのだ。




「グランツ!?」

「う……くっ」

「アルベド、どうしよう。いきなり、グランツが」

「あ?わかってんだよ、そんなこと……でも、まずいな、あれは近づかねえほうがよさそうだ」




 と、アルベドは私を守るように、一歩、二歩と後ろに下がって様子を見守る。あんなふうにうめきだして、苦しそうなのに助けてあげられない自分が憎たらしい。体よ、動け! と命じているのに、まったく動いてくれないのだ。そればかりか、ガタガタと震えている。

 なぜだろうと思っていると、グランツが何かを吐き出すように「ぐああああっ」と痛そうな悲鳴を上げる。その声に驚いていれば、膝をついて、彼がその場に倒れる――が、倒れる手前で彼を抱きしめた人物がいた。

 黒い花の花弁をまき散らして、異様なオーラをまとって現れた銀髪に、私は震えの正体がこれだったのかと目つきを変えて、現れた偽物の聖女をにらみつける。




「エトワール・ヴィアラッテア……!」




 現れたのは、私の宿敵で、すべての元凶である偽物の聖女――エトワール・ヴィアラッテアだった。




 

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