267 巻き添え
「関係あるよ。だって、君がみているのは、ステラじゃないでしょ?」
ラヴァインのその言葉に、グランツがピクリと肩を揺らした。翡翠の瞳が、瞳孔が少し揺れて、それから剣を構えなおし、頭を抑えた。特別な言葉じゃないけれど、グランツにとっては、自分を疑う一つの言葉となっただろう。
私じゃ考えられないというか、ラヴァインだからこそ意味なす言葉だと。
アルベドは元から記憶を保持していたけれど、ラヴァインは後から記憶を取り戻した。そういう面では彼とグランツは共通点が多い。だからこその言葉。響くといいけれど。
(まあ、それもあってアルベドは連れてきたんだろうね……どこまで計算に入れていたかはわからないけれど)
「ステラじゃない?いや、ステラです。俺がみているのはステラ・フィーバス……です」
「曖昧じゃない?それが変だって言ってるの。誰かと重ねてる?てかさあ、君……お前の主は、あの聖女様なんでしょ?なのに、ここにきていいの?」
「皇太子殿下がここに来ることができない分、俺が……と、アルベド・レイが」
「俺のせいにすんな」
人のせいにしようとするところはグランツらしいなと思った。それが、たまにというか、高確率でみんなの反感を食うことになるけれど。もとが、王族ということもあって少し慢心的な部分があるのかもしれないとは思う。優柔不断で、責任を負いたくないという気持ち。大人になり切れていないからこそ、彼の心にある弱い部分が露呈するというか。それは、ラヴァインも同じなんだけど。
「それって、お前の意思じゃないってこと?だったら、兄さんだけで事足りているんだよね。じゃなきゃ、ここに来る必要がない。お前がさ、魔法を切れる魔法……ユニーク魔法を持っていたとしてもさあ、それだけじゃ勝てないよ。対策されればね」
「……」
「だから、自分の頭で考えて、どうしたいか、どうなりたいか。それくらいは考えられるだろ?騎士、グランツ・グロリアス」
「……俺は、アルベド・レイの次に貴方が嫌いかもしれません。いや、嫌いなのは、自分自身」
そういって、グランツは剣を下ろす。だが、それが戦わないという意味ではなく、少し自分の胸に手を当てて考えてみようという静寂の表れ。
潜って記憶を思い出そうとしても、封じ込められているんだから思い出せるはずもない。動かない好感度と、流れる静寂に、私は少ししか期待していなかった。グランツが成長したのに、また元に戻ってしまった悲しさを胸に抱きつつ、記憶を取り戻したら彼はどんな態度をとるのかと全く想像もつかなかった。
「何で、ステラ様を……家族だから?いや、違う。俺が」
「どいつもこいつも、ステラ、ステラ、ステラ……って。どうしようもない中途半端な野郎が、そうやってステラを傷つけるのが、俺は一番許せないんだけど!」
そうラヴァインは閉じ込めていた感情を爆発させるように言えば、彼の内側からぶわっと魔力があふれ出した。それは、暴走に似たようなもので、彼に引っ付いていると闇に飲まれてしまいそうな感覚になる。
感情に呼応して増幅されるのが魔法とは知っていたけれど、ラヴァインの内なる怒りというのは想像もしていなくて、でもそれは、前の世界で抱いていたものとはまた種類の違う、大切なものを壊されたような、奪われそうだからと暴走した、そんな……
「ステラ、こっちにこい!」
「あ、アルベド!?」
アルベドは、私に手を伸ばしていて、必死の形相で私の名前を叫んでいた。まさか彼も、こうなるとは思っていなかったようで、ラヴァインの変化に緊急事態だ、と私に目で訴えかけてくる。私も、彼から離れたいのはやまやまなのだが、どうやって離れればいいかわからずに焦っていれば、アルベドは舌打ちを鳴らしながら、私に向かって……ラヴァインに向かって風魔法を放った。ラヴァインはよろけて、私を手放し、滑り込むようにしてアルベドは私を抱きしめる。
「セーフ……か。あの愚弟!」
「あ、アルベド。ラヴィは」
アルベドも、この状況にはさすがに焦りを隠せていないようだった。
そりゃ、いきなり暴走まがいの魔力を放出したのだから、驚かないわけもない。この魔力を感じて、ヘウンデウン教の奴らが集まってきたらどうしようと思ったが、アルベドが結界魔法をかけているから大丈夫だと補足してくれてその心配はとりあえずなくなった。だが、大問題なのはラヴァインのほうでいったい何を考えているのだろうか。
(いや、グランツが悪いのかもだけど……でも、記憶がないことは知ってるだろうし)
わかってはいるけれど抑えが聞かない時だってある。それを体現したような叫びにも思えた。だからこそ、私が止めに入ろうとも、ラヴァインが納得する答えをグランツが出さないことにはどうにもならないと。ひとまずはここから離脱することが求められるけれどラヴァインを置いて逃げられないような気もした。
「ラヴィ……」
「気にすんなって言いたいが、これは俺も気になるなあ……あの愚弟、何考えてんだ。ステラまで巻き込むつもりか!?」
「アルベド……」
アルベドも向きになって牙を立てていたけれど、彼から見ても、この戦いに水を差すことはできないと。したら巻き込まれて終わるし、ラヴァインの感情を抑え込むことはできない。
もしかしたら、これは私の想像になるけれど、ラヴァインは巻き戻った世界の影響もうけて、闇魔法を抑えられていいないのではないかと思った。すべてを克服した自分と、克服できていない自分がいて。それが混ざり合って暴走しているのではないかと。感情によって左右される魔法だからこそあり得ることだと私は思うけれど、それでも――
「巻き込むって、私は」
「あいつはたまに周りが見えなくなるだろうが。優先すべきは、ステラだ」
「あ、ありがとう。でも、このままいってもいいの?」
グランツを置いていくのも忍びないというか。そもそも、グランツは戻るすべがないのだからどうしようもない。私たちが置いていったら、彼はここにずっとい続けることになるかもしれない。そしたら、またそれで私たちが疑われて。
(どうすればいいんだろう……)
やはり、ラヴァインを説得するか、それかグランツの記憶を取り戻すしかないのだろう。けれど、そんなことができるのなら話は早いわけで。ただ見つめることしかできなくて、それがもどかしくて仕方がなかった。どうすれば……
「ステラ様、逃げてください。俺がここは引き受けます……引き受けるというか、俺にしか解決できないことだと思うので」
「グランツ!」
いくら、魔法が切れるとはいえ、その後のことを見ていない、考えていない彼の姿にやはりこのまま残してはおけないと思うのだ。アルベドには悪いけれど、私はこの間に割って入るしかなかった。むちゃだと言われたらそうだし、また考えもなしに周りをひっかきまわしていると言われても何も言えないけれど。
ダッと駆け出して、私は魔力の中心にいるラヴァインに向かって走り出した。彼の周りには突風が巻き起こり、小さな黒い竜巻がいくつもできている。それに触れれば服が切り裂かれ、肉まで引き裂かれる。びゅっと飛び出した血は風に乗って流れていく。後ろでアルベドが私に向かって叫んでいたけれど、私は今は聞こえないふりをして、背後からラヴァインに忍び寄って、そのまま両手を出した。
「ラヴィ!」
「……っ」
ぎゅっと彼の腰を掴んで、背中に体を密着させて抱きしめる。すると次の瞬間ありえないくらいサアアッと彼の魔力が霧散した気がした。




