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264 星、そして花が




(――スピカ……それって、また星よね)




 この国では、星も大切にしているのだろうか、といらぬ想像が働いてしまう。でも、オレンジの花が星のような形をしているのも事実で、関係ないかもしれないけれど、星にまつわることは多かった気がする。エトワールも、トワイライトも光り輝くっていう意味で。そして、ステラ……スピカと私に偽りの名前を与えたラヴァインも。

 ステラと似たような響きだったけれど、でも違って、それがなんだか、心が温かくなってきた。少し言い過ぎかもしれないけれど、名付けられるたびに自分が変わっていくような、そんな不思議な感覚にとらわれるというか。




(――と、というか!)




「ち、近いの。近いってば!」

「いいじゃん。婚約者どうしなんだし。スピカは恥ずかしがり屋さんだなあ~」

「やめてぇ!」




 それは戯れだ。やりすぎている。

 演技ならと、だますためならと許容していたが、最後のそれは完全にラヴァインがしたくてしたことというか、この機会に引っ付いておこうという彼の甘えたな部分が出ていた。そこまでは許していないと引きはがそうとしたけれど、いかんせん力が強くてまったくびくともしなかった。摺り寄せられた頬はやわらかくてぷにぷにしていて、ずるい! と思ってしまったが、着目するべき点はそこじゃない。




「もうだめ、引っ付かないで」

「でも、アピールしないと、俺たちが偽物かもって疑われるじゃん」

「疑われるとかそういう問題じゃなくて!近いの!バカ!」

「バカってひどいなあ……でも、確かに近すぎるだけが婚約者じゃないよね」




 と、ようやくわかってくれたみたいで、ラヴァインは腰からは手を離さなかったけれど、離れてくれた。それでほっとしたけれど、まだうるさい心臓がバクバクと音を立てている。




(いつものことじゃん。ラヴァインが距離近いのも、ラヴァインがいきなりこんなことをしてくるのだって!今に始まったことじゃないでしょう……!?)




 恋愛脳なところはあるから、少しでも近づかれるとそれだけでいっぱいいっぱいになってしまう。リュシオルには気をつけなさいと言われるけれど、果たして気を付けてどうにかなるものなのだろうか。

 でも実際自分がちょろいことは自覚しているので、いちいちと決めていられないと思った。リースなんかも距離が近いけれど、こいつらは自分の顔面の良さを売りにしてくるからたまったものじゃない。自覚ありと、無自覚はまた違うのだ。どっちもたちが悪いことには変わりないけれど……

 ラヴァインはうれしそうに笑っていて、彼自身もこの状況を楽しんでいるようだった。はいはい、私だけが流されているんですね、と腹が立ってきたが、こんなことに腹を立ててもと、そもそも怒る気力もわいてこなかったので、私は何も言わないことにした。




「まあ、そういうことだから、口出さないでほしいね。ラアル・ギフト卿」

「そうっすか。それは、それは幸せみたいで。ほんと、兄弟にたようなタイプが好きなんすね~」

「スピカちゃんもそう思わないっすか?」

「わ、私……?」




 話を振ってこないでほしい。

 私が答えられないのを知っていてその言葉はどうなんだと思ってしまった。また、返答次第では……というのが目に見えてわかり、ぞくっと背筋が凍る。

 確かに、アルベドからも、ラヴァインからも似たようなものを向けられているけれど、タイプは違うし、それでも、兄弟にているというのはあるけれど。




「まあ、確かにそうかもしれませんね……アルベド・レイ公爵子息様も、光魔法の語例所と婚約していますし。ね、ラヴィ!」

「え、まあ、そうだね。そうだった。兄さんとあんまり話さないからわからないけど」

「……」




 それも、まあ嘘じゃなかった。

 記憶を取り戻したと思ったら、兄が勝手に婚約者がいる女性と婚約関係になっていたと知ったら驚くだろう。まあ、それまで記憶を取り戻せていなかったんだから仕方ないわけだし、話さないというのは、前々からあった溝が埋まり切っていないというだけの話で。

 それはおいて置いたとして、もうこれくらいで戯れはいいだろうと、私はベルのほうを見た。ベルもすっかり気をよくしたようで、にこりと笑った後、私たちに向かって手を振った。




「まあ、末永くお幸せにっすね」

「言われなくても、幸せにするよ。泣かせたりなんてしない」

「泣かせたりなんかしないっすか……ほんと、まあおめでたい頭をしてるっすね。かなわない来いってものは世の中ごまんとあるのに」

「黙れよ」

「せいぜい、胡坐かいてればいいっすよ。どうせかなわない恋なんだから」




 そういって、ベルはぺこりと頭を下げて去っていった。毒々しい牙はもう私たちには向いていない。本当にちょっかいを賭けるためだけに来たのだとわかる彼の行動に嫌気がさす。味方……ではあるんだろうけれど、協力してくれるかは、私が彼を喜ばせるかにかかっていると。




(悪魔だから信用はしていない。これから先も、絶対に)




 それでも、何度か助けられたことは事実なので、そこは一応感謝しているというか。悪いところばかりではないのも事実だった。それを、ベル以外の誰にも言えないので、彼を誤解したままの人が多いかもしれないけれど。




「ま、まあ、よかったのかな……もう、びっくりしたよ。ラヴィ!いきなりあんなこと言いだすんだから……ラヴィ?」




 はじかれたように彼へのフォローを入れようとすれば、ラヴァインは険しい顔で、彼が去っていった道をずっと見つめていた。何かその先にあるのかと思ったけれど、その先にあるのはただの道で、誰かがいる気配もなかった。悪魔だから転移魔法なんて簡単に使えるだろうし、普通の人間には感知できない魔力だって持ち合わせている。それに不思議がっているのか、それともほかの理由か。私がラヴァインの名前を数度呼んで、ようやくラヴァインはこちらを振り返った。




「ああ、ごめん。何?ステラ」




 ステラ、と名前の呼び方は戻っており、少し寂しい気持ちにもなったが、これが本来の呼び方……ではないけれど、この政界での私なんだと再認識して、微笑みかける。だって、ちょっと不安そうな顔をしていたから、彼を不安にさせちゃいけないと思ったからだ。

 ラヴァインも、ベルのことはラアル・ギフトとして警戒しているだろうし、嫌な相手に探りを入れられたことで、精神的に疲労しているのだろう。私も何度かしゃべったことはあるけれどいまだ慣れないからそれと同じだ。




「び、びっくりしたよね。いきなり表れて。でも、べ……ラアル・ギフトってそんな人間じゃん」

「そうだね」

「ラヴィ、なんか怒ってる?」




 顔色が良くない。魔法をかけられた感じはしないのだが、浮かない顔をしていた。どうしたのかとじっと見つめていれば、ラヴァインは自分の手のひらを見つめた後私のほうを見た。少し濁った満月の瞳が私を見つめる。それは、いつの日か見た、彼が負の感情に侵されているときのものと似ていた。だから、怖くなって一歩後ろに下がろうとすれば、彼の手が伸びてくる。




「逃げないで」

「……え」

「逃げないで。ごめん、怖い?泣いちゃいそう?」

「え、え、どうしたの?ラヴィ。私は泣かないよ?」




 あまりにも泣きそうな顔でいるので、私も怖くなってきて、彼の伸ばした手を両手で握る。そしたらようやく落ち着いたようで、その手で私の頬を撫でた。その行動が理解できず、されるがまま、彼に身をゆだねていれば、彼の目が細められ、それからようやく口を開いたのだ。

 



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