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263 偽りの星




(何でここにいるのよ……)




 藤色の髪は風に揺れ、そのみつあみの部分は少し少年っぽく垂れ下がっているけれど、中身が年齢不詳の悪魔だと思うだけで恐怖心が倍増する。そして、少年……青年の姿をとっているところに悪意を感じ、すでに周りの記憶の改ざんはすんでしまっているということだろう。

 禁忌の魔法とされている悪魔を召喚する魔法。それによって、本来の体の持ち主であるラアル・ギフトの魂は完全に消滅してしまった。だから、ラアル・ギフトという人間がどんな人間だったかなんてみんな忘れてしまっただろう。それが、禁忌の魔法の条件だから。使ったものの魂を消すことで真価を発揮する恐ろしい魔法なのだから。それを、知っても使おうとする人間がいる。けれど、使った人間がこの世から消えるというのに、禁忌の魔法があるということをなぜ知っているのだろうか。なぞは謎を呼ぶばかりだ。




(そうじゃなくて、なんでここにいるのよ)




 多分、ここの管轄はラヴァインが行っている。ラヴァインがヘウンデウン教の幹部であることは変わりない。そして、ラアル・ギフトも幹部である。だが、その中身は悪魔に入れ替わっていて、おかしなことになっているのもまた事実だ。それに気づけているのは私だけなのだが、それにしても――

 ラヴァインは私をかばうようにして立ってくれているけれど、私からしたら、なぜ彼がここにいるのが問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。だが、ラヴァインがいるところでそんな行動をとれば、私がラヴァインに怪しまれてしまう。どっちをとるか。悪魔など信用できないのだから、黙っていればいいのに、そう自分でも思うのだが、捨てきれないのは仕方がないことだった。一応彼にも救われてはいるのだから。

 ぶつかる瞳。にやにやとこの状況を楽しんでいるラアル・ギフトことベルが憎たらしい。今にも私との秘密を放してしまいそうな勢いの彼は油断も隙もない。




「やあ、ラアル・ギフト卿。アンタは、ここの管轄外だよね」

「いいじゃないっすか。顔なじみとして、同じ幹部として。持ち場を離れてはいけないなんて言われてないんすから」




 もう口調もベルそのもので、でもそれに対しラヴァインは何の違和感も抱いていないようだった。そういうふうに、記憶が改ざんされているからラヴァインは何も違和感を抱かないのだろう。




(元のラアル・ギフトのこともそういうふうに認識しているんだろうな……本当に怖い)




 さすがは、世界に影響を及ぼす力だと思った。魔法の偉大さと、断りを外れてしまうことへの怖さが垣間見れるものだった。けれど、私はその影響を食らわなかった。それは、目の前で見てしまったからなのか、私自身がイレギュラーな存在だったのかはわからない。でも、わからないからこそ怖くて、それを解明しようとも思えなかった。

 ラヴァインが本当にみじんも何も感じていないのが恐ろしい。

 ベルは、くりくりと自分のみつあみを触りながら私のほうを見てにこりと笑った。その笑顔の奥に潜む邪悪さと、無邪気さを感じ取って私は思わずラヴァインの服を掴んでしまう。




「ステラ、大丈夫だから」

「え、いや。その、そういうわけじゃなくて」




 知り合いだと言えないもどかしさと、私が怖くて彼の服を引っ張っているんだと誤解されたことを訂正したかった。服を引っ張ってしまったのは、若干怖いという感情はあったけれど、ラヴァインのほうを遠ざけたかったというか、この場合、ラヴァインのほうが危険なのではないかと思った。




「ところで、そちらの方は誰っすか?見るところによると、どこかのご令嬢のように思うんすけど。職務放棄で女の子と遊んでいるとか、レイ卿も隅に置けないっすね」

「……うるさいよ」




 ぎりっと奥歯を鳴らすラヴァイン。彼がベルになろうが、中身が違おうが、ラアル・ギフトという人間そのものがラヴァインは苦手のようだった。アルベドも一緒だったし、そこも兄弟そろっている。

 ベルもベルでわかっていてちょっかいを賭けているのが憎たらしい。この悪魔は少し黙っていることができないのだろうか。ラヴァインも口を縫い付けたい、という感じで彼をにらんでいたし、相当嫌いなのだろう。私も苦手な部類ではあるけれど、きっとこれからも付き合っていかなければならないからそれも仕方ないことだと思っている。




「それで、そちらの方は?」




 と、まだこのくだりを続けたいようで、ベルはにこりと先ほどよりも圧を賭けるようにして笑う。私はそんな笑顔を見てぞっとしつつも、ラヴァインのほうを見て、どうすればいいかと困惑気味にまた服を引っ張ってしまった。困るのは、私じゃなくてラヴァインのほうで、何か言いたいのだけど、いったら言ったらで突っ込まれそうだな、と私も何も言えなくなる。

 状況を楽しんでいるのはベルだけ。私たちが困る姿を見て楽しんでいる。

 今すぐ逃げ出したいけれど、きっと追いかけてくるだろうし、ここは――と思っていると、ラヴァインが私を引き寄せ、腰に手を回した。いきなりどうしたのかと思えば、すっとラヴァインはベルのほうを見て、まっすぐに彼と対峙する。満月の瞳は彼をとらえていて、少しその横顔がかっこよかった。




「俺の婚約者だけど」

「は?」

「ぷっ」




 ベルにはバレバレの嘘。でも、そうやって言って、ごまかすしかないんだろうなと思ったのだろう……そうやってごまかすしか……




(――って、ないないないないない!何考えてるのちょっと!?)




 むしろ逆効果。いや、なんでそれで行けるのかと思ったか知りたい。私は、口をパクパクとさせてラヴァインを見るけれど、ラヴァインは顔を合わせてくれなかった。

 本当に思い切ったことをしたと思った。ベルの機嫌は取れたけれどそうじゃないのだ。いったいどうしたら、本当にそんな嘘が出てくるのかと。




(でも、顔は真剣なのよね……)




 彼なりに私を守ろうとしてくれていることは知っている。その行動の表れが婚約者だと偽ることであり、私を守ることにつながると。一見突飛に見えるが、確かにそうすれば私がここにいてもおかしくはないのだ。だが、ただ、ほんとうに、ラヴァインの評価が変わるだけで、それを別に彼は何とも思わないだろうけれど。

 確かに今の私は髪色も違うし、ステラだってわからないだろうけれど。周りから見て。ベルから見てではなくて。けれど、光魔法だということは隠そうと思っても隠せないだろう。そこをどう言い訳するのか。




「へえ、婚約者っすか。そんなふうに見えないっすけどね」

「別に、見えなくても見えてもいいじゃん。アンタには関係ないよ」

「まあ、関係ないことっすけど。光魔法の家門じゃないっすか?兄弟本当にそういうところにてて嫌っすよね。光魔法は、光魔法う、闇魔法は闇魔法と結ばれるべきじゃないっすか?ねえ」




と、ベルは私を見てくる。わざとあおったのだとわかり、私は乗らなくていいと、言おうとしたが、その必要は全くなかったようだ。


 ラヴァインも成長した。アルベドと同じように、光魔法、闇魔法と差別されても怒りは覚えてもそれに乗ろうとはしなかった。乗ってしまえばそれを着火剤に燃えるだけだったから。




「関係ないよ。俺が好きなんだから」

「へえ、へえ~面白いっすね。それで、ご令嬢の名前はなんていうんすか?」

「ラヴィ……?」




 とっさのことで、名前なんて思いつかないだろう、なんていう心配も全く必要なかったらしい。ラヴァインはこっちを見て、ふっと微笑んだ後、さらに私に体を密着させてほほを摺り寄せた。




「スピカ――それが、俺の大好きな婚約者の名前」




 

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