262 連れ出すために攫うから
「俺は、君を何度でも連れ出すよ。連れ出すために攫うから」
「連れ出す……攫う……か」
「な、なに?ステラ笑って。ひどくない?」
「ううん、ラヴィらしいなって思ったの。そうだね、アンタたちは……アンタは連れ去ってくれそうだもんね」
「……っ、そうだね。ステラは、そういうところだよね」
と、ラヴァインは言ってふっと笑った。
私が言い直したことに気づいたんだろう。確かに彼も連れ去ってはくれるけれど、重きを置いているのはそこじゃなくて、でもラヴァインのほうは本当に正真正銘連れ去ってくれるのだ。攫うっていう言い方をしたらちょっと人聞きが悪いけれど、でも、大方あっている。
ラヴァインには誘拐されっぱなしだから。
(転移魔法と、空間魔法が得意なんだもん。そりゃね、連れ去られちゃうって……)
私には彼の魔法を遮断するすべがない。だから連れ去られてしまう。まあ、そもそも彼の魔法がいつも突飛で、彼の行動自体も突飛だからなのだろうけれど。
何度やられたことか思い出すのも難しい。
光魔法と闇魔法の違いがくっきりと出る、得意魔法に私は笑みがこぼれつつも、少しだけ軽くなった頭でこれからのことを考える。屋敷の外に出ることはできたが敷地内。まだまだ脱出できたというにはほど遠い。でも、ラヴァインのことだから、ここからのルートも教えてくれるだろう。
「そうだね。また私を連れ去ってほしいかも」
「……すてら、ほんと、そういうところ!」
「え?んにゃ!?」
体を起こして、ラヴァインのほうを見たら両端からふにっとほほを挟まれてしまい、驚きのあまり目が丸くなってしまう。いきなりのことで、宙に浮いた手は行き場を失ってその場を漂っている。
何か余計なことでも行っただろうか。そう思っていれば、ラヴァインはむっとしたような表情で私をにらみつけてくる。それは、いつぞや誰かに向けられたものと同じで、嫉妬のような、それにしてはかわいい感情を向けられている気がする。
「え、えっと、にゃんでしょうか」
「俺は、ステラの将来が心配だよ」
「しょ、将来の心配までしてくれて、あ、り、ありがとう?」
「もう」
と、ラヴァインは違うと抗議の声を上げる。
将来が心配ってどういう意味で心配なのだろうか。抜けているところ? 一人で突っ走っちゃうところ? でも、ラヴァインが言う将来ってたぶんそんなことじゃないんだろうなということはわかった。でも、私の足りない頭ではそれを理解することはできなくて、だから何よ! と言ったらため息をつかれる始末。
「ステラは、そういうのにかんしてはほんっとうに鈍感だよね。イライラする」
「こわっ、じゃなくてイライラしないでくれないかな?」
「兄さんがかわいそうになってくる」
「なんで、アルベドがそこで出るのよ!?」
本当に言っている意味が分からず、こっちまでイライラしてきた。
はっきり言ってくれればいいのに。いや、もしかしたら私もわかっていて、その回答を先送りにしているだけかもしれない。わからないふりをしていないかと問いかけて、いややっぱりあっちが言葉足らずだ! と私は悪くないマインドをとれば、ラヴァインはさらにむっとしたような表情でにらんできた。
「何よ、もう」
「まあいいや。もう元気になったみたいだし、心配はいらないってことで」
「ほんと意味わかんないんですけど」
「まあ、そういうところも含めて可愛いけど」
「だから、なんでそことそこが接続するわけ?」
「……罪な女だねえ。ステラは」
ラヴァインはそう言って笑いながら立ち上がった。彼のくすんだグレンの髪は風で揺れて美しかった。アルベドの真っ赤なあの髪とはまた違うし、美しさで言えば、断然アルベドのほうがきれいだとは思う。それでも、彼の髪はフワフワしていて、でも触ったらサラサラで見ていて飽きなかった。青々しい彼の姿を見ていると、こっちまで晴れやかな気分になる。もともとはそんなんじゃなかったんだろうけれど、彼は変わったから。
「何見てるの、ステラ」
「え、あ、いや。アンタも男の子だなあって思って」
「何それ」
「青春って感じがする、っていうか。その、うん、いいよね!」
といえば、やはり、伝わっていないようで、なにそれ、と眉をひそめていた。
伝わらないとは思っていたので仕方ない。ラヴァインとグランツが同じ年だった気がして、二人が青春していたら面白いなと思ったけれど、まったくそのビジョンが浮かばなくて途中でやめた。二人とも、話せる人がいなくて、頼れる人がいなくて、そんな中生きてきた人間だからこそ、私から見たら、共闘できるとか、分かり合えるとかは思う。もちろん、前の世界でそうなりかけていたのにもかかわらず、世界が巻き戻されてまた分かれてしまったんだけど。
「ステラがおかしいこと言うのはいつものことだけさ、本当に大丈夫?」
「何が?」
「魔力の使い過ぎというわけでもないみたいだったし。あとは疲れているのは確か見たいだけど、なんだかそれだけじゃない気がするんだよね」
「それって、私の体に異常が起きているってこと?」
ラヴァインが深刻そうな顔で言うので、私もただ事ではないな、と彼の言葉に真剣に耳を傾ける。先ほどの水に溺れるような感覚と何か変わりがあるしてならず、もしそうだったとするのなら、その原因が分かったほうがいいだろう。今後のためにも。
(ラヴァインの言った通り、確かに疲れてはいるけれど魔力は残っていた。魔力の配分もわかるようになってきたから、いまさらそんなへまはしないと思うし。だったら、何が、何かほかに原因が?)
わからない。わからないものは怖いし、でも一つだけ引っかかることがあるとするのなら、自分の中に生まれた黒い感情のようなものだろう。まるで、光から闇に落ちるみたいな感覚。その時に怒った感情の起伏とか揺れとかその他もろもろが原因な気がする。
闇落ちっていうと中二病っぽく聞こえるけれど、でもそれに近しいもの。それは、エトワール・ヴィアラッテアが経験したものと相違ないと思うけれど。
ちらりとラヴァインを見る。
「ねえ、ラヴィ……これまで、光魔法から闇魔法に落ちた人間ってどれくらいいるの?」
「いきなりどうして?」
「少し気になったの。まあ、その、エトワール・ヴィアラッテアが聖女なのに闇魔法を使っている時点でおかしいじゃん。けどあれは、後天性のものだと思うから。闇から光へ、っていうのは聞かないけど、闇に落ちた人のことは、アルベドも言っていて」
「いるけど、多くはいないんじゃないかな。というか、申告していないだけ。迫害を受ける可能性だってあるわけだし、破門されるかもって恐れて言わない人のほうが多いと思うけど」
「そう……」
「禁忌の魔法と同じくらい、それは罪深いことだからね」
そうラヴァインは付け加えて、それでもステラのことは嫌いにならないからね、と優しく言ってくれた。私が闇に落ちたとしても、彼は嫌わないでいてくれると。でも、問題はそこじゃない。エトワール・ヴィアラッテアのことを見ていると、他人事とは思えないのだ。
「ラヴィ……っ?」
「ステラ、下がって」
気配を感じ、私の前に立つラヴァイン。誰が来たのかと、私も気を引き締め、彼の背中から隠れるようにして、その人物を見た。だが、その人物の魔力を感じ取った瞬間、なぜ彼がここにいるんだという疑問のほうが膨れてきてしまい、私は困惑気味に彼をにらみつける。また、どうせ面白半分で来たのだろうと、だがただならぬ雰囲気に、いつもいつも恐怖を抱かずにはいられない。
「ラアル・ギフト……」
藤色の彼はすっと私たちを見て、悪魔の笑みを顔に張り付けた。




